混乱が続く米政府債務問題

日本金融財政研究所長 菊池 英博

イデオロギー対立が原因

第二のショックもあり得る

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 2013年も終わりに近づいている。この時点で本年のアメリカの財政金融問題を回顧し、明年の見通しを展望してみよう。

 財政上の本年の大問題は、下院の多数派共和党がオバマ大統領の2014年度予算(13年10月から14年9月まで)に反対したために、上院では予算案が可決されたのに、下院では9月30日までに予算案が可決されず、10月17日には政府債務が上限の約16・7兆㌦を突破すると、米国は新規の国債を発行できなくなるため、史上初めてのデフォルト(債務不履行)に陥る危機に直面した。

 10月1日には、連邦政府が運営している動物園や公園などの政府機関が閉鎖され、こうした事態を発生させた共和党の支持率が史上最低水準まで急落した。ここでようやく、共和党と民主党が歩み寄り、明年2月まではつなぎで政府債務を増加してもよいことで一時的に妥協した。この債務問題で露呈した政治的混乱によって、米国は内外で威信を失墜することになったのだ。

最小限の与野党合意が成立

 「政府が最低限の機能を果たせるようにするため、我々は協力した」。

 12月10日に共和党のライアン下院予算委員長は、与野党の合意の意義をこのように強調した。与野党がまとめた内容は、①14年度と15年度(14年10月から15年9月)の予算では、議会が水準を決められる「政策経費」の歳出を毎年約1兆㌦とする。今後2年間で630億㌦の増額に相当(年増加約プラス3%)、②今後2年間で200億㌦分の財政赤字を減らす、という大枠である。米国の12年度の連邦予算規模は3・5兆㌦(約350兆円)であるから、今回合意された金額(1兆㌦)は約30%に過ぎない。残りの70%が明年の議会審議でどうなるかわからないうえ、2月7日に債務上限の期限が来るので、再び、大きな対立が表面化する。

 なぜ米国はこんな不安定な財政状態になってしまったのか。

新自由主義・市場原理主義か、福祉型資本主義か、の対立

 この債務問題がこんなにこじれる原因は大きなイデオロギー対立があるからだ。オバマ大統領は09年1月の就任演説で、「政府が大きいか小さいかが問題ではなく、どういう機能を持つかである」と明言しており、政府の重要な機能の一つが社会福祉に予算をつけて国家の安定を図ることである。しかし、共和党は「小さい政府」を主張し、社会保障費の削減を要求し、オバマが成立させた医療保険法(オバマケア)を潰そうとしている。

 この制度は、先進国の中で政府の健康保険がない唯一の国である米国で、国民の医療支出の一部を財政支出で補助しようとする制度である。このオバマケアを、米国にとって画期的なことと判断する国民と、医療業者と医療保険会社の意向を受けて医療費は個人ですべて負担すべきだ、と考える国民との意見の対立がある。

 さらに民主党は富裕層に増税すべきだと主張するのに対して、共和党は富裕層への増税には絶対反対を唱えている。反オバマ戦略を練っているのが新自由主義者・市場原理主義者であり、共和党の主流派である。彼らの支援で当選したティーパーティー派の下院議員は反オバマを貫いており、「国債のデフォルトが起きてもいいじゃないか」との強硬な発言すら見られるという。

超金融緩和の失敗で出口を模索

 01年からのブッシュ大統領は、富裕層と大企業に大幅な減税をして国家財政を赤字にさせ、さらにアフガニスタン、イラクへの侵攻で軍事費が増え、財政収支はクリントン時代の黒字から大赤字へ転落してしまった。

 さらに08年9月のリーマン・ショック以降、連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長(新自由主義者)は金融をジャブジャブにして景気回復を図ってきた。5年後の現在で見ると、FRBにある超過準備額(FRB加盟銀行が法律で課せられる預金準備額を超過した金額)は法定準備額を2・3兆㌦も上回っており、これほど多額のマネタリーベースの資金(中央銀行にある加盟金融機関のマネー)を積み増したのだ。

 しかし、民間に流れているマネー・サプライは、5年前よりも減少しており、超金融緩和のマネーは実体経済には流れず、株や商品市場の投機マネーに使われていることが判明している。これを認識したバーナンキ議長はオバマ大統領に再々任の辞退を申し入れた。超金融緩和は失敗だったことをバーナンキ議長は認めているのだ。

 新FRB議長の課題は超緩和のマネーをどのようにして縮小していくかであり、出口戦略として苦慮している。財政赤字の拡大、超金融緩和の失敗、これらはいずれも新自由主義者の唱える政策の帰結である。財政赤字縮小と超緩和マネー縮小を実行するのは容易なことではない。債務問題と金融問題のバランスが崩れると、虚構の新自由主義理念による経済政策が崩壊することもあり得よう。これこそ、第二のリーマン・ショックである。

(きくち・ひでひろ)