エルサレム承認は再選の布石

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

“公約”守ったトランプ氏
福音派とユダヤ系右派が支持

 昨年12月6日、トランプ米大統領は米中東外交のタブーを犯してしまった。エルサレムをイスラエルの首都として公式に認め、これまで商都テルアビブに設置してきた米大使館の移転を宣言したからだ。この承認は国際社会に大きな波紋を引き起こした。国際社会はエルサレムの帰属はイスラエル・パレスチナ間の和平交渉で解決することを基本方針としてきたからだ。なかんずくパレスチナ側は将来独立国家を樹立した暁にエルサレム旧市街を自分たちの「首都」にする腹積もりのため反発は必至だ。

 反面、イスラエルの立場で見れば、今回の「承認」は長年求めてきた要求が実現した慶事に他ならない。初代首相ベングリオンが1949年、政府をエルサレムに移して以来、イスラエルという国は自国の首都が国際社会から公式に承認されていないという屈辱に耐え続けた唯一の国であったからだ。

 「承認」がこのタイミングでなされた背景には「ロシア疑惑」に対する追及が過熱する中、国民の関心をそらす狙いがあっただろう。しかし、真の狙いは再選を目指すトランプによる支持層固めに他ならない。トランプは自身の支持層(票田と資金源)をつなぎ止めるために米外交の基本路線を覆してしまったのだ。票田とは総数7000万人と推定されるキリスト教福音派だ。投票所出口調査によれば、福音派の実に81%がトランプに投票している。

 歓心を買うためトランプは福音派と自分を結ぶパイプ役に、同派の信徒マイク・ペンスを副大統領に起用したほどだ。欠員が生じた連邦最高裁判事職には福音派が推す保守派の法曹ニール・ゴーサッチを指名した。さらにアラバマ州での連邦上院補欠選では、わいせつ疑惑の候補ロイ・ムーアを福音派の信徒であるが故に擁護し続けてきたのだ。

 福音派がイスラエルを偏愛し、キリスト教シオニストと呼ばれる理由は独自の神学思想の持ち主だからだ。多くの福音派は待望するキリスト再臨の前触れとしてエルサレムにユダヤ教の第三神殿が建設されねばならないと信じているのだ。建設予定地は第二神殿の遺構が残る「嘆きの壁」の付近だ。当然、着工のためにはエルサレム旧市街の主権をイスラエルが取り戻さねばならない。

 このような終末思想で結ばれた信徒を結集し、共和党に対する圧力団体に成長したのが200万人の会員を擁する「イスラエルのためのキリスト教徒連合」だ。会長のジョン・ヘイギーは大統領選で一貫してトランプを支持。「エルサレム首都承認」を求めるメールをトランプに送るよう、会員に指示してきた。今回の「承認」はこうした働き掛けの賜物(たまもの)と言ってよいだろう。恩義に報いるべく福音派は次の選挙でトランプに投票するはずだ。

 一枚岩の福音派に対し、在米ユダヤ社会の立場は分裂している。右派がトランプの決断を称賛する一方で、左派は現状維持を望んでいるからだ。つまりエルサレムの帰属問題に対して歴代米政権が採ってきた曖昧な態度こそ、和平交渉にとり有益であると考えているわけだ。左派は人数面では多数派であるが、私生活重視のライフスタイルの持ち主が多いため、組織力・集金力では右派に太刀打ちできないのだ。

 一方、右派は人数こそ少ないが共和党内で大きな力を発揮している。その筆頭が共和党内最大の献金者で「共和党のキングメーカー」と仇名(あだな)されるカジノ王シェルドン・アデルソンだ。ネタニヤフの盟友でタカ派シオニストの彼は、イスラエル国内で最大の部数を誇る日刊紙「今日のイスラエル」の社主でもある。イスラエル国内には米大統領選挙投票資格を持つ米市民が常時数十万人も暮らしているが、アデルソンは彼らに向かってトランプへの投票を大々的に呼び掛けたのだ。

 選挙戦序盤、自分は大金持ちなので大口献金者の後ろ盾など必要ないと豪語していたトランプであったが、裏ではひそかにアデルソンにすり寄り、資金援助を打診していたことが判明している。この時アデルソンは「米大使館のエルサレム移転」を約束させることで2500万ドルもの献金をトランプに与えたのだ。アデルソンが理事を務めるユダヤ・ロビーの横綱AIPAC(米・イスラエル公共政策委員会)もトランプに働き掛け、2016年3月の年次大会で「移転」を約束させている。

 トランプ政権発足から間もなく1年が経とうとしている。トランプは今回の「エルサレム首都承認」のみならず、数々の施策により自身のイスラエル支持が揺るぎないものであることを証明してきた。すなわちそれは「イランとの核合意」破棄をほのめかす発言、反イスラエル的体質が根強いとしてユネスコからの米脱退、現職米大統領としてユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で初めて祈りを捧(ささ)げたこと等である。これまで「史上最もイスラエルびいきの米大統領」としてはクリントンとブッシュ(第43代)の名が挙げられてきた。けれどこのままゆけばトランプはこの両名をやすやすと抜き去ることは間違いないだろう。

(さとう・ただゆき)