「影の国務長官」クシュナー氏
米中首脳会談お膳立て
政権内の主導権争いで先行
米政権内の主導権争いが激しさを増している。
対立の主役は大統領上級顧問のジャレッド・クシュナーと首席戦略官バノンだが、4月初めに前者は後者を国家安全保障会議(NSC)常任委員から外すことに成功したのだ。これはバノンの外交面での影響力をクシュナーが封殺したことを意味する。内政面でのバノンの影響力はいまだ侮れぬといわれるが、トランプの側近ナンバーワンの座をめぐる競争において、クシュナーがリードしたことは間違いないだろう。
バノンは白人労働者層の怒りを糾合することでトランプ当選を導いた功労者である。けれど行政部と調整不足のまま押し切ったイスラム圏からの入国禁止令が結局失敗に終わり、政権のイメージダウンを招いてしまった。この機を捉え軍や金融界出身の政権幹部と手を結んだクシュナーが失政を追及することでバノンをNSCから追い出したのだ。
両者の対立図式は「大統領選での公約遵守(じゅんしゅ)に固執する」バノン対「より現実的な中道志向」のクシュナーと言えよう。換言すれば白人労働者層に再び活力を与えることに力点を置くバノンに対し、ウォール街など米支配層の既得権益をより重視するクシュナーとの対立と言えよう。バノンの同盟者が落ち目のプリーバスである点も分が悪い。大統領首席補佐官プリーバスはオバマケア撤廃に失敗し、政権内での立場を弱めているからだ。
一方、クシュナーの同盟者は国家経済会議(NEC)委員長でゴールドマンサックス元社長のコーンと、軍出身のマクマスター大統領補佐官で、この二人にはいまだ失点はない。
娘婿としてトランプの私生活空間にもたやすく入り込めること、いざとなればトランプの長女イバンカ(自身の妻でもある)や他の実子たちを味方に抱き込むことができるのもクシュナーの強みだ。さらにイバンカが3月末、大統領顧問に指名され、正式に政権入りしたことも大きい。彼女こそトランプに対して苦言を呈することのできる唯一の人物だからである。彼女を通じてのトランプへの働き掛けは、クシュナー専用の「飛び道具」と言えよう。
このようにクシュナーと比べるとよほど分が悪いバノンだが、彼に対する今後の処遇はトランプ政権にとって難題だ。政権から追い出してしまえば、大統領選で投票してくれた有権者(忘れられた人々)を敵に回すことになりかねないからだ。ともあれ政権スタートからなるべく早く成果を上げ、イメージアップを図りたいトランプ。バノンがだめなら穏健派のクシュナーに多くの権限を与え、力量を試してみようと考えるのは当然の成り行きだ。
そこで与えられたのが新設の行政改革担当部局のトップのポストだ。時価総額数億㌦の不動産会社経営で培ったアイデアを用いて行政効率化を成し遂げ、トランプ政権の評判を高める使命が託されたのだ。その成否は今後のクシュナーの政治生命を左右するだろう。
またクシュナーは外交全般でも発言力を強め、「影の国務長官」と噂(うわさ)されているほどだ。
米中首脳会談のお膳立てに成功し、中国側に自分こそがトランプへ通じる最も頼りになる連絡係と認識させたのである。また4月初めには「本物の国務長官」ティラーソンを差し置いて、米外交の檜(ひのき)舞台、イラク訪問を成し遂げ、同国首相との間で「イスラム国」攻略ついての意見交換を行ったのだ。
イスラエルとの関係で言えば、ネタニヤフ右派政権はクシュナーを大変頼りにしている。トランプ当選後、パレスチナ自治政府側が米新政権との間に対話ルートを構築しようと画策したが、この働き掛けをいち早く封じ込めたのがクシュナーであった。こうした対応ができるのもクシュナー家が父の代からネタニヤフと親交を結ぶ在米右派シオニストの家柄であるばかりでない。同家はイスラエルの大手保険会社フェニックス社を実質的に買収するなど、既にかなりの資本をイスラエルに投資しており、イスラエルの領土保全、安全保障は家運と直結しているからである。
とはいえネタニヤフが期待しているほど、クシュナーはイスラエルべったりというわけでもない。イスラエル国内の米大使館をエルサレムに移転する要望は「塩漬け」にされているからである。クシュナーは自身の私的外交顧問キッシンジャー博士から現実路線を歩むよう指導を受けている節がある。キッシンジャーはユダヤ難民の出自で、イスラエルの存続に対する強い感情的思い入れを抱きながら、長期的な中東和平実現のためにはイスラエルの国益を一時的に踏みにじることも辞さぬ冷徹なリアリストであった。
この教えを継承しているとすれば、クシュナーによる中東外交・安全保障政策は、リベラル派が危惧(きぐ)するほど、ネタニヤフ政権寄りにはならぬのかもしれない。君子豹変(ひょうへん)するのか。クシュナーの言動を注視してゆきたい。
(さとう・ただゆき)











