抑制的だった米のシリア攻撃
事態は拡大せず収束へ
米露のホットラインも復活
トランプ米大統領は、シリア政府軍がイドリブの反政府側支配地域を化学弾で空爆、子供を含む多数の犠牲者が出たことに対し、2日後の4月6日、人道上の見地から巡航ミサイル・トマホークで、政府軍戦闘爆撃機が発進したシャイラト空軍基地の攻撃を命じた。
ロシアは、政府軍が化学兵器を使用したことを否定し、国連安保理で誰が使用したかを公正な立場で調査するように求めた。もちろんシリアのアサド大統領も政府軍による化学兵器の使用を否定している。
トランプ氏が米大統領選挙において、マスコミの根拠に欠ける報道を偽情報と非難したが、今、プーチン・ロシア大統領が米国をはじめとする西側諸国による偽情報だとしていることは、立場が逆転した同じ構図である。
トランプ政権の立場の報道が日本を含む欧米のメディアではほとんどだが、ロシアとアサド政権の主張を知ることも問題解決には必要であろう。
シリアにおける内戦は、最近では、政府軍が盛り返し、反政府武装勢力および自称「イスラム国」(IS)に対し優勢に立ち、シリア最大の都市アレッポを奪回し、イドリブでも有利に戦闘を展開していた。
また欧米は、アサド大統領の退陣を迫っていたが、最近では絶対的な条件でなくなりつつあり、ロシア、イラン、トルコが政府軍と反政府側勢力との和平を調停していた。従って、政府軍が化学兵器をあえて使用する状況にはなかった。
2013年春に、アレッポなどで化学兵器が使用され、シリア政府軍の仕業だ、と米国は断定した。アサド政権は、国連に調査を依頼した。国連査察団がシリア入りして調査を開始する直前、またもや化学兵器が使用された。今回同様、政権側には差し迫った動機がなく、不利な立場になるだけだった。当時のオバマ大統領は、シリアがレッドラインを越えたと発言しながら、武力行使を行わなかった。ロシアの仲介で、アサド政権は保有する化学兵器を、化学兵器禁止条約の執行機関である「化学兵器禁止機関(OPCW)」に委ね、米露が支援し、地中海上の米専用船で処理した。同機関は、その後も申告漏れなど違反がないか、査察を継続しており、昨年1月、調査の終了を発表していた。
今回トランプ大統領は、オバマ氏と違って、空爆を敢行した。
シャイラト空軍基地には、13年以前から化学兵器の貯蔵施設があった。この施設は、右に述べた化学兵器廃棄により解体された。しかし、米側は、シリアが化学兵器を隠し持っており、その化学爆弾を投下したシリア軍機は、その飛行経路からシャイラト空軍基地から出撃した、と言う。欧米諸国に支援されたシリア民間組織「ホワイト・ヘルメット」のメンバーが朝6時半頃、シリア軍機が飛来、3発の爆弾を投下、2発の化学爆弾が炸裂(さくれつ)、1発は不発だったと証言したことが、根拠の一つでもある。だが、図らずも不発弾は証拠として示せない通常爆弾であったようだ。
アサド政権やロシアは、シリア軍機がイドリブの反政府勢力の武器庫を攻撃した際、トルコ経由で調達した化学兵器が飛散したのだ、と反論している。また、反政府勢力の自作自演説もある。
プーチン大統領が指摘するように、米国はイラク戦争を開始した時、国連調査団の査察報告にもかかわらず、時のフセイン政権が大量破壊兵器を生産、保有していると断じた。これは誤情報であり、米国には前科がある。今回の化学兵器使用について、OPCWの調査が4月6日に開始されており、その結果を待って対処すべきだった、と彼は言う。
トランプ大統領のミサイル攻撃は国際法違反だが、幼児・子供の被害映像もあり、米国や西側では世界のリーダーの復活、と肯定的に受け止められている。クリミアを併合したプーチン大統領がロシア国民から高い支持率を受けているのと同じ現象である。
ただ実行動を見ると、米国は、2時間前とはいえ事前にロシア軍に通知(ロシア兵には死傷者なし)、59発とはいえ数分間の攻撃、精密誘導兵器であるのに被害を限定するなど、抑制的であった。政治的にも、言葉は強硬だが、アサド大統領の退陣には直接言及しておらず、予定通りのティラーソン米国務長官の訪露などさらなる関係悪化には至っていない。ロシアも厳しい言葉を発しても、行動は自制している。中断したシリア上空での米露間の事故回避のホットラインも、4月13日に復活させている。
トランプ大統領は、内政政策の挫折やロシア疑惑を抱え、北朝鮮問題もあった。プーチン大統領も、来年3月の大統領選を控え、国民には強い指導者を示さなければならない。
一方、米露の対立で利益を得るのは、ISであり、中国である。
これらを考えると、今回の事態はこれ以上大きくならない方向で収束するだろう。
(いぬい いちう)






