トランプ大統領のアメリカ

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき
国益追求のみの一国主義
敵味方はっきり分け国民分断

 ドナルド・トランプ新米国大統領は、就任演説でトランプ大統領下のアメリカが大きく変質することを改めて宣言した。

 トランプ氏は型破りな候補者であったが、アメリカ国民や世界の人々の多くも、トランプ氏も大統領となれば、より伝統的な、超大国の指導者らしくなることを期待していた。しかし、就任演説でそれは見事に破られた。まるでトランプ候補の選挙運動の延長と言える演説は、国民を分断し、自由貿易やグローバル化を叩(たた)き、一国主義になる宣言であり、敵と味方をはっきりと分けるものでもあった。

 トランプ大統領は就任演説で暗い、さびれたアメリカを描き、「米国人の殺戮(さつりく)は、まさにここで、今、終わる」と断言した。そしてアメリカが衰退した責任を他国への貢献、外国企業、そしてグローバル化に乗る米国の多国籍企業に押し付けた。

 「工場は次々と閉鎖し、何百万ものアメリカ人労働者のことなど考えずに、外国に移転した。米国の中間層の富は奪われ、世界中に再配分された」「長年、我々は、米国の産業を犠牲にして外国の産業を豊かにしてきた」「この国の軍隊が悲しくも消耗していくのを許しながら、外国の軍隊を援助してきた」

 反ワシントン・エスタブリッシュメントを訴え続けてきたトランプ氏は、「米国の忘れられた人々」に向かい、「あなた方は、二度と無視されることはない。あなた方の声、希望、夢が、米国の運命を決める」と述べ、こうした状況を変えることを約束した。そのためには「米国製品を買え、米国人を雇え」がこれからのルールであり、「保護は繁栄と強さに繋(つな)がる」と述べた。

 ではトランプ氏の描く理想のアメリカはいかなるものであろうか。1961年、ケネディ大統領は「我々はあらゆる代償を支払い、あらゆる重荷を担い、あらゆる困難に耐え、全ての友を支え、自由の存続と繁栄を妨げる全ての敵と戦う覚悟であるということを」と後世に残る有名な一節を就任演説で唱えた。トランプ氏のアメリカはケネディのアメリカとは正反対の極端な「アメリカ第一」主義であるのは間違いない。

 確かにラストベルト地域を中心にニューヨークやシリコンバレーとは全く違う、グローバル化に取り残され、両党の政治家や大企業から「忘れられた」人々がいる。輸入製品の増加や米国企業の海外移転により職を失った人も多くいる。しかし保護主義政策を取ったり、多国籍企業に無理やり米国内での生産を強いたりしても、昔炭鉱や製鉄所に勤めていた人々、特に大学卒の資格もない人々に職が戻るわけではない。

 トランプ氏の「アメリカを再び偉大に」のスローガンにこうした人々が奮い立つのは、職を求めてだけではない。「忘れられた」のは、古き良き時代のアメリカである。そのアメリカでは父親は安定した職があり、日曜日には家族そろって礼拝に行く。近所の人たちもみな自分たちと同じような白人のクリスチャンである。自分たちが選んだ自分たちの代表が街や州を治め、「人民の、人民による、人民のための政治」は、同じような価値観を共有している人々の、その人々による、彼らのための政治であった。

 本当にこれほど純粋なアメリカが過去に存在したわけではない。人種差別や宗教問題は常にあった。他国との交流なしに繁栄はなかった。しかしここ数十年の間に社会のリベラル化が進み、同性愛認知など価値観は「乱れ」、宗教心は薄れ、IT化やグローバル化により、自分たちとは縁のない国際組織や多国籍企業にまるで支配されているかのようになった。それに比べ、夢に描く昔は素晴らしかった。トランプ氏の「米国への忠誠心」「愛国主義に素直に心を開けば」といった就任演説の言葉は、そうしたアメリカを取り戻すという約束でもある。

 このアメリカの「敵」は、職や資産を奪う外国や多国籍企業、そして移民労働者、安全を脅かす外国人、特にクリスチャンではなく、テロとも結び付けられるムスリムである。トランプ大統領はすでに環太平洋連携協定(TPP)から永遠に離脱するという大統領令に著名し、メキシコとの国境の壁も建設に向かって動き出した。

 トランプ大統領は海外メディアとの初のインタビューで、英タイムズ紙に「英国は欧州連合(EU)離脱を決めた素晴らしい国。自治権を多国籍組織から取り戻し、国民国家に戻る決断をした」と絶賛した。英国のEU離脱運動の先鋭、英国独立党のファラージュ元党首がトランプ氏の非公式顧問になるとの報道もある。

 トランプ大統領のアメリカは、自由貿易や民主主義を広めて世界とともに繁栄を目指すのではなく、狭いアメリカの利だけを追求する。国民国家的色彩の強い価値観を重視し、経済的繁栄や夢の姿の復活をめざす。

 そのためには保護主義的政策を取り、排他主義になり、経済的・社会的に差別的な政策を取る。古き良き昔のアメリカの一人勝ちに貢献する国や企業は「友」であり、それを妨げるものは「敵」と見なされることになるだろう。

(かせ・みき)