大統領選挙後のアメリカ

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき二大政党内の分裂必至

内政も外交も困難に直面か

 アメリカの大統領選挙がやっと秒読みに入った。長い選挙戦に慣れている専門家たちですら、嫌気が差すほど疲れる、醜い選挙戦であったが、投票日後が既に懸念されている。ヒラリー・クリントン氏(民主)が勝とうとドナルド・トランプ氏(共和)が勝利しようと、それぞれの支持者や両党が歩み寄ることはないのは確かである。またそれぞれの党内もまとまることはなく、政策協議、実施が進むことも期待できないばかりか、特に共和党が深刻な分裂の危機を迎える恐れがある。

 トランプ氏の大統領候補討論会、特に第1回討論会での失態、そしてその後2005年に収録されたわいせつ発言が暴露され、それに対する心からの反省もなく、ますます自己制御が利かない性格が明らかになるに従い、クリントン氏の有利が固まりだした。最後の討論会で、選挙結果を受け入れるかと質問されたトランプ氏は、その場になって決めると発言し、大統領候補としては史上初めてアメリカの法制度にのっとった民主主義制度に疑問を呈したが、トランプ氏が負けた場合、支持者が結果を信じず、怒りを爆発させ、暴力事件が起こる心配はさらに増した。

 問題はさらに深い。トランプ氏の支持者の内、トランプ氏の性格などに疑問を抱きながらも、ホワイトハウスを奪回するには最も適した人物として同氏を支持してきた共和党支持者の多くは、クリントン氏に対する深い嫌悪を抱いている。クリントン夫妻はさまざまな形で法の抜け穴を利用してきた、クリントン財団と国務長官職の公私混同により、資金を集め、人々を味方につけ、自らの犯罪が暴露されないようにしてきた、と信じている。一方、万が一トランプ氏が大統領となれば、民主党の支持は得られない。大統領就任後のハネムーン時期も期待できないどころか、即刻、次の大統領選挙戦が始まることになる。

 トランプ氏が勝っても負けても共和党は大統領候補としてのトランプ氏をめぐって党内に深まった溝を埋めることはできないであろう。トランプ氏をそもそも自党の候補者として認めたくなかった党内指導層や伝統的保守派と、彼らに裏切られたと怒るトランプ氏支持者たちは相いれない。彼らがトランプ氏を支持する大きな理由は、トランプ氏が政治家でなく、反エスタブリッシュメントの部外者として政治家をたたいているからであるが、トランプ氏が敗退すれば、トランプ氏支持者たちは、党組織や指導層がトランプ氏を十分に支援しなかった責任を問い、ますます本流から離れてゆく。

 共和党の支持基盤であったエバンジェリカル指導者の多くがトランプ氏を支持しているが、トランプ氏のわいせつ発言暴露後トランプ氏への支持は宗教的視点からますます疑問視され、今後多くのクリスチャンをまとめるだけの信頼は失った。そもそも白人の党とみられてきた共和党はトランプ氏の移民や女性、ムスリムに対する差別的発言により、ますますラティーノ(中南米系住民)や黒人、女性を遠ざけてしまった。

 トランプ氏が消えれば、共和党はもとの共和党に戻り、反クリントンで党が団結し、4年後にホワイトハウスを奪える候補探しに専念する、という声も聞く。しかし、トランプ氏が無残にさらしてしまった党内の分裂、いがみ合い、不信感は消えないであろう。

 一方、民主党もたとえクリントン大統領が誕生してもその下でまとまるとは思えない。若者を中心としたバーニー・サンダース氏の支持者の多くはいまだにクリントン氏に投票することを拒んでいる。クリントン氏はうそつき、ずるがしこい、と嫌うのは共和党支持者と変わりない。政策的にはエリザベス・ウォーレン議員に代表されるリベラル派は党をクリントン氏の立場よりはるかに左に引っ張っている。伝統的に民主党を支持する黒人の多くがビル・クリントン大統領の政策に裏切られ、期待した初の黒人大統領オバマ氏に深く失望した。初の女性大統領が誕生しても、それだけで女性たちがクリントン氏の下に団結することも期待できない。

 両党共に党内は分断し、それだけに支持者の要望に応えることも一段と難しくなっている。両党間の確執は特にオバマ政権下でますます深まった。上下両院議員にとって相手党と協力することは自らの首を絞めることになり、妥協の余地はほとんどない。

 民主党大統領が誕生し、上院では共和党が多数を維持した場合、最高裁判事の空席が埋まらない可能性すらある。保守派のスカリア判事の死後、大統領の指名にもかかわらず上院で協議すらされていない。次の判事の退任や死亡後も同じ事態が続くおそれがある。

 クリントン氏は、全てのアメリカ人の大統領になる、と融和や協力を約束しているが、クリントン大統領が誕生すれば、共和党は大統領との協力を拒み、クリントン大統領の任期を1期にするためのあらゆる画策をすぐに練りだす。

 前代未聞の大統領選挙は、国家がまとまるのではなく、国民が互いに聞く耳を持たず、理解し合えないほど経済的にも社会的にも分裂が進み、二大政党内が分裂し、政党間で協力の余地がない、国家運営も他国との協力も困難なアメリカを生みそうである。

(かせ・みき)