有効な韓国THAAD配備

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

複数の手段で弾道弾迎撃
中国の反対は韓米離反に狙い

 北朝鮮が、米韓共同演習に際し、恒例の対抗処置として、ミサイルの打ち上げをテレビ公表していた。そして15日東部の亀城飛行場地区で「ムスダン」とみられる弾道弾を発射したが、発射直後に失敗・爆発、さらに20日続けて実施した発射にも失敗したことが、韓国・米国当局により報道された。本年4月から、ムスダンの試験発射が続いているが、4月には3発の失敗、5月にも失敗、6月に至って2発発射のうち、1発は約150㌔で爆発、2発目が成功裏に日本海中央部に着水、一応の成果を上げたとみられていた。今回の失敗で依然としてロケットモーターの初期燃焼に問題があり、解決されていない、あるいは信頼性が低いとみることができる。しかし、試験を重ねる度に、技術的に進歩していることは容易に推察できる事から今後とも監視が必要である。ムスダンは、旧ソ連潜水艦発射ミサイル「SSN6」(R27)の技術を、ソ連崩壊時技術者と共に入手したのが発端とされているが細部は定かではない。

 このような北朝鮮ミサイル開発に対応して韓国に高高度防衛ミサイル(THAAD)を配置することが検討され、中国がこれに反対する態度を表明し問題となっている。本件について所信を披露したい。THAADは、米陸軍が開発装備している弾道弾迎撃用の兵器である。我が国が保有する兵器としては、おなじみのパトリオットPAC3が大気圏内に突入後、比較的低高度で迎撃し、大気圏外を飛翔するいわゆる「ミッドコース」においては、イージス艦搭載のSM3ミサイルが対応するというのが弾道弾対応の兵器体系と言える。なお米国のような大陸国においてはGBIという長射程迎撃ミサイルでミッドコース迎撃を行うシステムが併用されている。今回のTHAADは大気圏突入前後の高高度で、迎撃するもので、SM3とPAC3の中間を守備範囲とするもので、防護対象範囲はPAC3に比し広大である。こうして見るとTHAADは、弾道弾に対する有力な防御兵器であり、対航空機・対地の攻撃能力は無く、北朝鮮のミサイル開発に対応するため、韓国にとっては有力有効な手段であり、是認さるべき手段であると言える。

 これに対し中国が反対する態度を表明しているが、これには意味深長である。表面的には、THAADが持つ500カイリに及ぶレーダー能力が、一部中露の上空に及ぶことから、米国の持つ弾道弾防御網(BMD)のセンサーが韓半島に前進し核戦略体制に影響するとするものであるが、これはあまり深刻な理由ではない。米国の大気圏外監視能力は、各種の衛星センサーをはじめとし、長波レーダー網等により構成されており、今回の処置が大きく影響するとは思われない。むしろ本音は、THAAD問題を踏み絵に、韓国への影響力強化、そして韓米の離反を狙っての要素が垣間見えてくる。「韓国が真の独立国であろうとするならば、米国の(THAAD配備に関する)要求を拒否すべきだ」とする公式な発言に見られるように、経済的な関係がますます進みつつある韓国に、揺さぶりを掛けているのが実態なのであろう。

 韓国側は抗日戦勝記念式典への朴大統領の出席をはじめ、かなり腰砕けの感があるが、「防衛上の問題に他国が干渉すべきではない」と辛うじて踏みとどまり、慶尚北道星州の米軍基地内に設置を決めたようである。韓国では配備賛成が多数意見のようであるが、例によって反対論の中には、「日本防衛の盾」にすぎないとする意見があるようであるが、これはTHAADの兵器としての本質が分かっていない感情論と言ってよいであろう。言わずもがな、韓国の防衛は、米韓相互防衛協定により、米韓連合軍がその主体である。これに対し、中国の出方は、伝統的な手段で、事大主義、冊封主義への回帰を目指しているようにもみえる。韓国は、朝鮮戦争後、朴槿恵大統領の父君である朴正煕大統領の下、韓国歴史の総括的反省から、事大主義と決別し民族中興の道を期し、順調に成長してきたとみるべきで、ここらで、原点に返って自主的な冷静な態度を堅持すべきなのであろう。

 我が国の情勢は、先述したごとく、パトリオットPAC3とイージス艦搭載のSM3がその主たる対応兵器である。その他THAADのレーダー部分であるTPY2が日本海側2カ所の航空自衛隊基地に配置されている。今般本年度補正予算で、これら対弾道弾システムの能力向上、THAADミサイル、SM3の地上配備型の導入に関する調査費の計上等が検討される旨報道されたが、全般情勢からみて、ぜひ加速してほしいと考えている。

 北朝鮮の弾道弾開発は、まだ未成熟なところが見られるが、今後地上発射、水中発射の双方で進歩するであろうし、ロケットモーターの固体化、水中発射の母体となる大型潜水艦の開発、そして、各種の弾道(デプレスト)を選べるような段階に進んでいくことが予想されるが、これらに対応するためには、各種の脅威に対応できる数種類の迎撃システムが必要になっていくであろうことは想像に難くない。今回のTHAADシステムの東アジア配備の動きは、当然の流れと言うべきである。北朝鮮の挑戦が、とてもペイするものでは無い高い支出であることを悟らせるためにも、我が国も対弾道弾対策を、時機に即して進めていく必要がある。

(すぎやま・しげる)