朴大統領もはや“信用破綻”
韓国の朴槿恵大統領が長年親交のある民間女性にひそかに国政に関わる機密文書を流出させていた問題で、そのリーダーシップが致命的打撃を受けている。支持率は過去最低の10%台まで急落、青瓦台(大統領府)には強制捜査が入り、大統領本人への刑事訴追や弾劾の可能性まで取り沙汰されている。日本との間で協議再開が決まった軍事情報包括保護協定(GSOMIA)や「慰安婦」合意の履行に影響が及ぶ恐れも出てきた。(ソウル・上田勇実)
ナゾ多き民間女性に機密流出
支持率最低の17%、弾劾も
「亡くなった陸女史(朴槿恵氏の母、陸英修氏)が夢に現れ、槿恵は国母(女性の最高指導者)になるのに相応(ふさわ)しい子なので手助けしてほしいとおっしゃった」
これは1990年11月23日付の韓国紙、東亜日報の記事だ。「夢」を見たというのは巡査や牧師、実業家などさまざまな経歴を持つ北朝鮮出身の政商、崔太敏氏(94年没)。朴大統領が機密を流出させていた相手、崔順実氏の父親である。
記事は、母を亡くし悲嘆に暮れていた20代の朴槿恵氏に崔氏が出した手紙の記述で、これをきっかけに崔太敏氏は朴槿恵氏と急接近。その後、その「地位」を利用して不正に財を成したといわれる。
崔太敏氏について機密情報公開サイトのウィキリークスは、2007年に当時の駐韓米公使が「韓国版ラスプーチンのような人物で、その子供たちは莫大な富を築いたという噂(うわさ)が広まっていると報告した」と指摘しているという。
ラスプーチンとは祈りの力で皇太子の病を治すことができると主張し、国政に影響力を行使し、最終的にロシア最後の王朝であるロマノフ王朝の崩壊を招いたとされる妖僧だ。
両親を銃弾で亡くした衝撃と、その後、側近たちが手のひらを返すように傍らを去っていったことで朴槿恵氏は孤独、人間不信など「心の隙間」を抱えていた。そこへまず崔太敏氏、そして妹のように寄り添っていたという太敏氏の娘、順実氏が親子2代にわたって入り込んだ――。今回の騒動が起きた後、ドイツに滞在中だった順実氏に初めて単独インタビューした韓国紙セゲイルボの関係者は「これはもう韓国社会で通説」と指摘する。
ちなみに順実氏の元夫は朴槿恵氏が国会議員時代にその秘書を務め、14年には国政介入疑惑が浮上した鄭ユンフェ氏。大型船セウォル号沈没事故の際に朴大統領がどこで何をしていたのか分からなかったなどとする「空白の7時間」と関連し、朴大統領と密会していた噂が流れたお騒がせの人物だ。
朴大統領は、一民間人にすぎない崔順実氏に演説文の草稿を依頼したり、外交問題での発言要旨などを事前に見せるなど一国の大統領としてあるまじき行為に及んだ一連の問題について記者会見で「国民に謝罪」し、順実氏との関係を「昔、私が苦しい時に助けてくれた縁」と表現した。問題の背景には前述したような朴氏の知られざる「個人史」が深く関わっているとみるべきなのかもしれない。
韓国ギャラップが先週実施した世論調査によると、朴大統領の支持率は17%まで落ち込み過去最低を記録した。特に深刻なのは地盤であった南東部の慶尚道でも20%台にとどまり、「支持層が急速に崩壊」(聯合ニュース)しているもよう。政党支持率では現政権になって初めて与党セヌリ党(26%)が第1野党・共に民主党(29%)に逆転を許した。
韓国メディアによると、崔順実氏には①大企業から財団に巨額の寄付を強要しその資金を私的流用②私的事情を理由に青瓦台人事に介入③娘が名門大学に不正入学――などの疑惑も持たれている。すでに検察は捜査を開始しており、青瓦台への家宅捜索も行われている。崔氏も30日、急遽(きゅうきょ)韓国に帰国し、弁護士を通じ聴取に応じる考えを明らかにした。
問題は朴大統領の謝罪で事態が収まりそうにないことだ。大統領としての資質をただす声は多く、今後行われる予定の青瓦台や内閣の人事だけで果たして国民が納得するかは不透明。先週末、ソウル中心街では「大統領下野」を叫ぶ大規模デモも行われた。
現在、政治的中立性を担保するため検察から独立した特別検事制度の導入が検討されている。在任中の大統領には不訴追特権があり、事実上不問に付される可能性が高いが、一部では「捜査は可能」との見方も出ている。
また仮に国会で朴大統領に対する弾劾決議案が可決されれば職務停止に追い込まれる。韓国では04年、選挙法違反などを理由に当時の盧武鉉大統領に対する弾劾決議案が国会で可決され盧大統領は職務停止。その後、憲法裁判所が訴追を棄却し、約2カ月ぶりに職務復帰した。
残り任期約1年4カ月、ただでさえレームダック(死に体)に陥りやすいこの時期に朴大統領は「歴代どの政権でも見られなかった国政マヒ」(韓国紙韓国日報)に見舞われるという最大のピンチに陥っている。






