ユダヤ系米大統領誕生せず
信心ないサンダース氏
ユダヤ票はクリントン氏に
長きにわたり在米ユダヤ人の母親たちは自分の子供らにこう言い聞かせてきた。「アメリカでは何にだって望む者になれるのよ。ただ、大統領を除いてね」。この小話が言わんとするところは何か。それはアメリカでは財界、法曹界、学界等、幾多の分野でユダヤ人もトップに昇り詰めることができるのだが、政界では話が少し違うということだ。ユダヤ人が閣僚や上院議員になっても抵抗を感じぬ人々でも、大統領に就任することには抵抗を抱く者は相当多かったという過去の事情を示す小話なのだ。
しかし、ユダヤ人たちに残されたこの最後の障壁も、近年跡形なく崩れ去ってしまったようだ。2008年、黒人オバマ当選の衝撃によってだ。ユダヤ人より遙かに低い扱いを受けてきた黒人が「人種・宗教・性差に基づく階層序列」を軽く飛び越え、大統領に当選してしまったからだ。
この現実を前に「白人キリスト教徒男性が一番優位で、次に白人キリスト教徒女性、ユダヤ人。その下にはヒスパニック、アジア系。最下層には黒人」といった階層序列の不文律に大きな風穴が開けられてしまったというわけだ。実際、昨年実施のギャラップ世論調査では、アメリカ人の92%が「ふさわしい人物ならユダヤ系の大統領候補でも投票するだろう」と回答しているのだ。
しかし、それにも拘わらず、今年の米大統領選において、ユダヤ系のサンダースが民主党の大統領候補指名を獲得できる見込みはないだろう。最大の理由は彼が社会主義者であるからだ。オバマ政権7年半の間に、いかに米政治の座標軸が左傾化していったと言えど、アメリカはブルジョア自由主義以外の政治思想に対する拒否反応が日本や西欧と比べ、格段に強い国なのだ。実際、前述の世論調査では「社会主義者でも投票する」と答えた者は47%にとどまるのだ。
サンダースにはユダヤ人でありながら、ユダヤ教徒の組織票田を獲得できぬ弱点もある。
2000年の大統領選で、民主党の副大統領候補指名をみごと獲得したジョゼフ・リーバーマンは戒律を厳しく実践する模範的な正統派ユダヤ教徒であったが故に、宗教色が強いユダヤ人たちの組織票田を手中に収めることができたのだ。
一方、サンダースはユダヤ教への信心という点では会堂礼拝に全く参加せぬ宗教離れのユダヤ人なのだ。実際、今回の選挙戦でも、多くのユダヤ教徒が祈りと安息に専念するロシュ・ハシャナの大祭に選挙活動を行ったということで、篤信のユダヤ教徒たちから反感を買っているのだ。
また彼は、長らく「自分がユダヤ人である事実」を語ってこなかったが、この点について、在米ユダヤ人の間では、「彼は自己嫌悪のユダヤ人なのではないか」という疑念も生じている。実際、彼が若い頃、イスラエルの集団農場に滞在していた事実をインタビューの際に話題にした記者に対し、至極迷惑そうな態度を示したという。
こうした姿勢の故に、16年前、リーバーマン指名を「民族の誇り」とみなし、ユダヤ社会を歓喜につつんだ熱狂ぶりは、今回の選挙では全くみられないのである。
「革命」を約束し、金権大富豪からの支援を求めぬサンダースではあるが、ユダヤ票の壊滅的離反だけは是非避けたいようだ。サンダースの側近が下品な言葉遣いでイスラエルのネタニヤフ首相を誹謗した事実が、最近露見したのだが、サンダースの対応は厳しく、この側近を停職処分にしている。
処分発表のタイミングは周到で4月14日、ニューヨーク市ブルックリンにおける民主党候補者討論会の数時間前に行っている。これを見過ごしにすれば、ブルックリンで大票田を形成する正統派ユダヤ教徒の組織票を根こそぎクリントンに奪われてしまうという危機感にかられての措置だった。
実際、その後の投票では、この地の正統派ユダヤ教徒たちはサンダースをラジカルとみなし、クリントン支持でまとまったのだ。サンダースを支持したユダヤ人とは、ネタニヤフ政権によるヨルダン川西岸での占領政策を強く非難する若年の左派系ユダヤ人たち、就中(なかんずく)、彼らの立場を代弁する左派のユダヤ・ロビー、Jストリートの会員であった。一方、より強力な中道右派のロビー、AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)はサンダースを潰すためクリントン支持で結束している。
ハマスによるイスラエル領内へのロケット弾攻撃に対し、イスラエル軍がガザ地区への空爆でこれに応えた時、サンダースは「過剰な報復」と非難したが、クリントンは「イスラエルの自衛権」とみなし、これを支持したからである。
さて、本稿ではサンダースが指名獲得に及ばぬ理由を主に「ユダヤ・イスラエル」という視点を通じて読み解いてみた。一時、クリントンを窮地に追い込む勢いをみせたサンダースだが、予備選の大勢が判明しつつある今、彼の敗因の一端について新たな視点を提示した次第である。(敬称略)
(さとう・ただゆき)