イラン核合意に揺れる米議会

佐藤 唯行

ユダヤ議員団に温度差

ロビイスト動員し陳情活動

 イラン核問題の外交的解決を目指す米欧等6カ国とイランとの核協議は7月14日、最終合意に達した。眼目はイランが最長15年間、自国の核開発を大幅に制限し、厳しい査察体制を受け入れること。引き換えに欧米側は経済制裁を段階的に解除するという内容だ。

 この合意は関係6カ国の国内手続き等が完了した後、実施されるのだが難題は米連邦議会での承認だ。上下両院で多数を占める共和党議員団がほぼ挙党一致で不承認を表明しているからだ。共和党が反対する理由は次の大統領選で優位に立つためだ。今回の合意を「歴史的誤り」と酷評するイスラエルのネタニヤフ首相の立場を強く支持することで、米国内政治に隠然たる力を持つ親イスラエルのタカ派ユダヤ・ロビーから選挙協力を得ようとしているのだ。就中(なかんずく)、ロビーを支えるユダヤ大富豪が提供する巨額のユダヤ・マネーが欲しいからだ。その代表、カジノ王シェルドン・アデルソンは前回の大統領選で都合1億500万㌦もの選挙資金を共和党の候補に提供したことで「キング・メーカー」のあだ名を冠せられた人物だ。

 米議員団が合意の是非を判断する検討期間は7月20日から始まり、最長2カ月間が設定されている。従って判断は9月に持ちこされるわけだ。仮に議会が不承認の判断を下しても、オバマは拒否権を発動する腹づもりだ。

 けれど、その後、上下両院でそれぞれ、議員の3分の2が再議決すれば拒否権は覆されてしまうのだ。

 再議決回避のためにオバマ陣営は身内の票固めにやっきとなっている。就中、親イスラエル故に、ネタニヤフに同調し、合意不承認にまわる恐れがあるユダヤ系議員団が票固めの対象だ。その数28人。連邦議会に議席を占めるユダヤ系は29人。その内、無党派ひとりを除く、残り全てが民主党なのだ。彼らを抱き込もうとオバマ陣営はなりふり構わぬ挙に出てきた。イスラエルに軍事機密を漏洩した科で、85年以来服役中のユダヤ系の元米海軍将校、ジョナサン・ポラードに対し、突然の釈放命令を下したのだ。ポラード恩赦は長年にわたり在米親イスラエル派が求め続けた悲願だったからだ。こうした動きに、ネタニヤフ政権と親密な在米ユダヤ・ロビー、AIPAC(米・イスラエル公共問題委員会)も黙ってはいない。全米から700人もの会員活動家を動員し、オバマ陣営から離反するよう、民主党議員団への陳情活動を始めたのだ。またAIPACは4000万㌦を投じ、テレビのCM枠を買い取り、合意不承認を呼びかけるキャンペーンを展開中だ。

 その中でオバマは1938年、ナチス・ドイツに融和的なミュンヘン協定を結ぶことで、ヒトラーの暴走を許してしまった弱腰の英首相チェンバレンの再来として描かれているのだ。他方、オバマ陣営に与(くみ)して、合意承認キャンペーンを展開しているのが中道左派のユダヤ・ロビー、Jストリートだ。宣伝に投入した金額は400万㌦。AIPACの10分の1にすぎない。横綱AIPACに対し、Jストリートは小結クラスのユダヤ・ロビーなのだ。合意承認派は資金力では劣勢著しいが、マンパワーでは不承認派をかなり上まわっている。Jストリートが行った世論調査では在米ユダヤ系のうち、承認派は不承認派を20ポイント上まわっているそうだ。人数面では中道左派リベラルが多いが、カネと権力を握っているのは中道右派の金権エリートという在米ユダヤ社会の実像が映し出されているのだ。

 票固め運動が激化する中、ユダヤ系議員団の中で合意不承認の意志を最初に明らかにしたのが「上院におけるAIPACの守護者」と呼ばれるニューヨーク(NY)州選出のチャールズ・シューマー議員だ。査察体制が脆弱で、仮にイラン側が欧米を欺いた場合、制裁を再び加えるための手続きが煩瑣すぎるというのが反対理由だ。彼は今回の合意を「大惨事を招く、危険な取引」と酷評している。これに同調したのがAIPACと親密な他のユダヤ系議員たちだ。下院外交委員会首席委員のエンゲル、下院歳出委員会の首席委員ロウイ、下院外交委員のドイチ等だ。興味深いのはNY市第6区選出の下院議員、中国系のグレース・ミンがシューマーと同調している点だ。彼女の選挙区で重要な票田を形成する正統派ユダヤ教徒たちの意向を尊重しての判断といえよう。

 AIPACと親密なユダヤ系でも去就を決めかねているのがフロリダ選出のワッサーマン=シュルツ下院議員だ。前回の大統領選で「民主党の顔」とも言うべき民主党全国委員会の委員長に若くして抜擢されたことで、オバマに恩義を感じ、苦しい板挟み状態にあるからだ。これとは反対に、いち早くオバマの呼びかけに応え、合意承認を表明したユダヤ系議員もいる。出色のリベラル、カリフォルニア州選出のボクサーとファインスタインだ。イラン核合意をめぐる激しいロビー合戦は在米ユダヤ系内部の温度差の違いを白日のもとに曝したといえよう。民主党に所属するユダヤ系議員たちの去就に注目してゆきたい。(敬称略)

(さとう・ただゆき)