歴史的評価高まるレーガン

那須 聖在米外交評論家 那須 聖

偉大な米大統領に列挙

オバマ氏指導力欠如の中で

 筆者は先に「オバマ氏は最悪の大統領」と題する評論を書いたが、今回は「アメリカの最も偉大な大統領」について論じてみたい。アメリカで最も偉大な大統領という評価を得ているのは、長年、初代大統領のジョージ・ワシントンと第16代大統領のアブラハム・リンカーンであった。

 ワシントンはアメリカを大英帝国の植民地の地位から独立させた人であるから、最も偉大な大統領としての実績を積んでいたし、リンカーン大統領は南北戦争を戦ってまで、アメリカを分裂させず、しかもその結果、奴隷制度を禁止することに踏み切ったから、この功績も最も偉大な大統領の業績であると評価されるだけの実績であると言えよう。これに関して、彼がペンシルベニア州ゲティスバーグで行った演説はわずか数分のものであったが、最も有名な演説として知られており、アメリカでは中学生になれば、何度かこれを口にするものである。

 ところが、最近ではこれに1981年から8年間大統領を務めたロナルド・レーガンを加える米国民が急激に増えている。

 レーガン大統領時代、アメリカは当時のソ連と激しい冷戦状態にあり、ソ連はベルリンを東西に分裂させる壁を作っただけでなく、ポーランドなど東欧の国々をその衛星国にしていた。これらのこともあって、レーガン氏はソ連を「悪の帝国」と呼んでいた。ところが2期目の大統領に当選するや、ソ連共産党のゴルバチョフ書記長と冷戦解消の話し合いを始めた。マスコミ人が、「あなたはソ連を悪の帝国だと言ったのに、その国の首脳と話し合いをするのか」と詰め寄ったとき、彼は、「あのときは悪の帝国であったが、現在は違う」と言って、冷静に切り返した。

 さて、レーガンは大統領2期目に入ると数次の米ソ首脳会談の結果、ゴルバチョフにベルリンの壁を撤去させて、ドイツの統一を回復させただけでなく、東欧の衛星国を独立させた上にソ連を構成していた共和国をも独立させることに成功した。

 このように見てくると、冷戦の解消は、アメリカにとって大きな業績であり、それはアメリカの独立、奴隷制度の禁止に匹敵するほどの大きな業績であると言えよう。従って、アメリカ国民が、アメリカの最も偉大な2人の大統領にレーガン氏を加え3人にすることが納得できるわけである。

 アメリカの主なマスコミは、新聞では、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、テレビではNBC、CBSは何れもリベラル、つまり左寄りで、ここ数年来、この傾向が一層強くなっているので、民主党支持が多い。大統領選挙になるとこの傾向が露骨に現れるので、共和党の候補としてはその不利に打ち勝たなければ当選できない。従ってその不利に打ち勝てるような候補を立てなければならない。

 党内にそのような人物がおらず、党外にいれば、その人にその党の候補になるよう要請する。例えば1952年に共和党から立候補したアイゼンハワーがそうであり、1980年に同じく共和党から立候補したロナルド・レーガンもそうである。最近ではこのようなケースが増えている。

 アイゼンハワーは第2次大戦の連合軍最高司令官、元帥であった。一方、ロナルド・レーガンはラジオ・アナウンサー、映画俳優だったが、共和党候補者の推薦演説を各地で行い、その演説が素晴らしいと好評を得た。このようにこの2人は元来党人ではなかったが、2人とも大統領に当選したし、アイゼンハワー元帥も、またレーガンも、大統領としては十分指導力を発揮して、高い評価を得ている。もともとアイゼンハワー元帥は軍人として指導力を備えており、レーガンは映画俳優上がりだと言われていたが、実は映画俳優として人の上に立つ演出力を身に付けていたとも言えよう。これに対して、自ら立候補して当選したオバマ氏については指導力の欠如が問題になっている。

 ところで、アメリカの大統領は行政府の長であるだけでなく、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の最高司令官でもあるから、大統領に指導力がないということは、4軍の最高司令官に指導力がないことになり、問題はまさに致命的であると言わなければならない。オバマ氏に指導力がないことは、軍事的な意味だけでなく、彼に明確な経済政策もないことは一般に知れ渡っていることである。それにもかかわらず、アメリカの有権者は一昨年の大統領選挙で彼を再選した。

 ここで問題になるのは、有権者がなぜ彼を再選したかということである。かつて、大英帝国の植民地の地位からアメリカを独立させたのは、イギリスはじめ西ヨーロッパ諸国から自由を求めてアメリカに渡ってきた人々で、彼らは保守的な考えを強く持っていた。従って、共和党員が多かった。ところが、現在のアメリカはメキシコを経由して来る不法移民やアジア系市民が増え、そのために共和党よりも民主党員が圧倒的に多くなった。

 このように全般的に見て、アメリカ国民の政治的なものの考え方が、保守的、つまり右寄りから左寄りに移行しつつあると言わなければならない。

(なす・きよし)