ヒラリー氏の反オバマ外交
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
米の積極的関与求める
主流ではない筋肉質な政論
ヒラリー・クリントン前米国務長官がアトランティック誌で、オバマ大統領の慎重な、非介入を優先する外交政策を批判したことが注目を集めている。
アメリカはアフガニスタンとイラクでの10年以上に及ぶ、それもはっきりとした勝利もない戦争に疲れ果て、経済の回復もままならない中、内向き傾向が強くなっている。ベトナム戦争以来軍事介入には腰が重い民主党ばかりでなく、軍事力の活用に、より積極的な共和党ですら、2016年大統領候補と目される政治家の中で安定的に支持率が高いのが新孤立主義を代表するランド・ポール上院議員である。
オバマ政権下、米軍はイラクから完全撤退し、次はアフガニスタンからの撤退が進んでいる。リビアではカダフィ勢力による民間人殺戮(さつりく)を阻止した後、すぐに手を引き、深入りを避けた。シリアでは大量破壊兵器の使用をレッドラインとしたものの、ロシアの仲介で軍事介入なくして化学兵器の撤去が進んだ。ロシアがクリミアを併合し、ウクライナに介入し、マレーシア航空の撃墜に責任があっても、北大西洋条約機構(NATO)諸国の一部が望むような常駐軍を配備することもない。
しかし、世界情勢はアメリカが自国に閉じこもることに抵抗するかのようである。シリアで大きく力を拡大したスンニ派の過激派「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)はイラクにも深く侵攻し、「イスラム国」樹立を宣言した。イラクでは米軍撤退後、宗派間の対立が進み、誕生して間もない民主主義的体制は弱体化し、社会的不安定が広がり、軍は腑抜けとなっていた。政府が勢いづく過激派に対抗する力はなく、首都バクダッド陥落が恐れられる事態となった。
アメリカはせっかく一度完全撤退したイラクへの軍事関与に踏み切らざるを得なくなった。米軍の地上戦はないとしながらも、空爆、武器供与、情報提供、そして軍事顧問を送り込んでいる。軍事顧問を送り込むことから深入りしたベトナム戦争を思い起こす人は少なくない。イラク情勢はアフガニスタンにも不安を広げている。イラクと同じく、アフガニスタンから米軍やNATO軍が撤退すれば、同じく再びイスラム過激派に制覇される可能性が憂慮される。
イラク情勢が悪化するとともに、イラクからの完全撤退、シリアへの不介入政策が問われている。イラクから時期尚早に完全撤退すれば、政治的分裂が進み、やっと形は整ったもののまだ脆弱(ぜいじゃく)なイラク軍の指揮系統がすぐ乱れ、内紛が起こり、戦闘能力を失うことは、米軍や議会、専門家が指摘していた。
シリアに関しクリントンは同誌の中で、「アサド(大統領)に対し、そもそも反旗を翻した人々――その中にはイスラミストや政教分離主義者、その間の人々が含まれる――が、力ある戦闘部隊になるよう支援しなかったことで、大きな空白が生まれ、そこにジハーディストが入り込んだ」と述べ、オバマ大統領が早い時期に介入しなかったことを批判している。
一方、プーチン露大統領が大胆不敵にクリミアへ侵攻・併合したのは、アメリカも欧州連合(EU)もいかに大声で叫んでも、結局は傍観すると計算に入れていただろう。ポーランドやチェコへのミサイル防衛システム配備の撤回を含めたオバマ大統領のロシアとの「リセット」政策は、露骨な力の行使がなければ相手を見くびるプーチン大統領にはアメリカの弱体化と映ったという批判がアメリカ国内外で大きくなっている。
アメリカの同盟国、友邦国、そして敵から見ても、世界の大問題はアメリカが関与しなくては解決しない。クリントンは、「アメリカはいろいろ間違いも犯すが、善をもたらすために掛け替えのない国であると信じる指導者が必要」と、アメリカが積極的な関与を目指すべきとの発言をしている。
しかし、今のアメリカから見れば、世界にはアメリカが解決を援助するには問題が多すぎる。敵もはっきりせず、現行の法律の枠内で戦うのは難しい。善意で「良い」人々を支援しても、感謝どころか恨みを買うことが多い。いくら戦っても「勝利」はない。何故自国が世界問題に関与しなくてはならないのかと思うアメリカ人は多い。フランクリン・ルーズベルト大統領は、「アメリカの利益と安全が保障されるかは、遠く離れた国々の利益と安全にかかっている」と述べたが、チャック・ヘーゲル国防長官が心配するごとく、アメリカ人は自国は「大島国」で安全だと信じ込む恐れがある。
クリントンは次期大統領候補として注目され、民主党内では大統領候補として支持率は圧倒的に高い。しかし、アメリカの力を信じ、軍事力の発揮も厭(いと)わない、より「筋肉質」な彼女の外交姿勢は民主党内では決して主流ではない。ポールへの支持が表すようにアメリカ全体が内向きになっている。オバマ大統領の政策の中でも外交政策に対する支持率は圧倒的に低いが、イラクへの介入を支持する国民も圧倒的に少ない。
今のアメリカはどこまで世界へ関与すべきか。クリントンが候補者となるかは、この問いへの回答が大きく左右する。(敬称略)
(かせ・みき)





