クルド勢力攻撃、トルコの自制とシリア安定を


 シリア北部からの米軍撤収を機にトルコが越境軍事作戦を展開し、クルド人勢力を攻撃している。地政学的な利害や民族対立が複雑に絡み合う地域の安定化に向けて、国際社会はトルコに自制するように働き掛ける必要がある。

 トランプ氏が米軍撤収

 シリアとイラクにまたがった過激派組織「イスラム国」(IS)の支配を一掃する軍事作戦の中でも、クルド人勢力は主要な働きをした。だが、トランプ米大統領がシリア北部からの米軍撤収を決定すれば、力の空白が生じる同地域にロシアの支援を受けるアサド政権軍とトルコ軍の進出を招くことは当初から懸念されていた。

 トランプ氏が公約の米軍撤収を断行したのは、来年の大統領選挙を意識したためであることは疑いない。政権発足時には軍出身者や安全保障専門家をスタッフに多く登用し、米軍は有志連合を率いながらIS掃討作戦を成功に導いた。むしろ、作戦に消極的なバノン大統領首席戦略官は選挙勝利の立役者にもかかわらず排除された。

 今回、トランプ氏は撤収に反対したマティス国防長官やボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の解任などを強行して公約を一つ果たした。しかし、IS問題は決着が付いたわけではなく、米軍撤収でISか同様の過激主義勢力が再び台頭する可能性、クルド人の安全などは米国でも議論の的だ。

 ただ、米軍が撤収する以上、シリアの北部問題は一義的にはアサド政権とクルド人勢力との関係に委ねざるを得ない。早くも、米軍が支援してきたクルド人主体の民兵組織・シリア民主軍(SDF)が、アサド政権軍と協調する状況が生じている。ロシアの存在感が増すだろう。

 米国は停戦を求めてトルコへの制裁を発動した上で、ペンス副大統領がトルコを訪問し、トルコ、クルド人勢力双方との交渉を行う。トルコ側は国境地帯のシリア側に約30㌔の帯状の緩衝地域を設けて「安全地帯」とし、欧州への流出を防ぐため国内に留(とど)めたシリア難民のうち200万人を戻す要求にこだわるだろう。

 トルコのクルド人勢力への警戒心は歴史的なものだ。クルド人はトルコ、イラン、イラク、シリアなどに約3000万人が居住する。国を持たない世界最大の民族で、独立運動などで地域紛争の火種となってきた。IS掃討戦で戦意が高かったのも独立を待望したからで、イラクでは自治政府が独立に向けて住民投票を行い中央政府と対立した経緯がある。

 トルコでは、冷戦時代にソ連が民族自決主義を主張するクルド労働者党(PKK)を支援し、北大西洋条約機構(NATO)に所属するトルコに対する武装闘争を後押しした。このため、トルコからクルド人組織はテロ組織として厳しい取り締まりを受けている。

 米国は責任ある対応を

 シリアのクルド人勢力をめぐる事態は米国、トルコ、シリア、ロシアのほか難民問題を抱える欧州連合(EU)などの利害が密接に絡み合う。軍を撤収する米国、および国際社会の責任ある対応が求められる。