ユダヤ流マネー教育とは

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

裕福さは神の愛の証し
懸命に稼ぎ慈善活動に励む

 子供たちにお金との付き合い方を教える子供向けのマネー教育が日本でも徐々に注目されている。この点について「金儲(もう)けの達人」と称されるユダヤ人たちは家庭内の躾(しつけ)、宗教儀礼の中で子供たちにどのように教えているのであろうか。まずユダヤ教という宗教がお金を良きもの、聖なるものと見なし、営利欲求を肯定しているという点を最初に指摘せねばならない。キリスト教や仏教に見られる蓄財と営利欲求を否定する清貧という考えはユダヤ教には存在しないのだ。

 お金を聖なるものと見なす考えはユダヤ教の律法(トーラー)と経典の中で育まれ、その後、ユダヤ人が辿(たど)った歴史的苦難の中で強化されていったのだ。律法に登場するユダヤ教の祖アブラハムとその子イサク、孫のヤコブはいずれも夥(おびただ)しい金銀財宝とヒツジ、ヤギの群れを所有する富豪として描かれている。神に愛され、神と契約を結んだこれらユダヤの族長たちが所有する莫大(ばくだい)な富を律法は肯定的に描写しているのだ。

 律法の中には預言者と呼ばれる特別な指導者が登場する。神から御言葉を託され、人々に伝える存在だ。注目すべきは預言者として神に選ばれる条件の中に、賢さ、強さ、謙虚さと並んで財力が確認できる点だ。教典タルムードでは預言者モーゼは莫大な富の所有者と記され、彼に続く古代イスラエルの他の預言者たちもそのような富豪として描かれているのだ。こうした記述から分かることは、ユダヤ教では裕福さとは神から愛されている証しであるという点だ。つまり神は人の善き行いをめで、その報酬として富をお与えになると教えているのだ。

 それが祭礼の中で端的に表現されるのが毎年11~12月に祝われるユダヤ教の祭り「ハヌーカ祭」だ。時期的に近いことから「ユダヤのクリスマス」と呼ばれるが、クリスマスと異なるのは、子供たちへのプレゼントが玩具などのモノではなく現金で贈られる点だ。良い学業成績を収めればそれだけ多くの現金がもらえるので子供たちも勉強を頑張るわけだ。この習わしを通じて子供たちは幼い頃から、お金というものは自己改善の努力の結果、手に入れられる尊いものと教え込まれるのだ。

 ユダヤ教では男子は13歳、女子は12歳になると信仰共同体への加入儀式が行われる。この時もお祝いは現金が定番だ。高価な株券をプレゼントする親類縁者もいる。早い時期に株式に注目させ、資産運用に関心を持たせるためである。子供時代から資産運用が身近な所に存在しているのだ。

 お金の中に穢(けが)れを見ず、神の祝福を見てしまうユダヤ教の文化は結婚式で新郎・新婦に贈られるプレゼントによっても確認できる。伝統的なキリスト教徒の結婚式では贈り物の定番は銀食器セットやクリスタルガラス製品のような高価なモノが多い。ところが伝統的なユダヤの結婚式では現金が定番なのだ。現金で渡すと真心を感じさせぬ贈り物と見なされるのではないかという不安は全く無いのである。

 家庭内の躾を通じて、小さな子供にも働いてお金を稼ぐことを奨励する文化がある点も見逃せない。数世代前からアメリカに住み続ける裕福な専門職の家庭ではほとんど聞かれなくなったが、旧ソ連から移住したばかりの移民家庭では子供ビジネスの話は珍しくない。

 例えば1978年、3歳の時にベラルーシから一家ぐるみで渡米したあるユダヤ人は、8歳の頃には既に他の子供を雇って7カ所でレモネードスタンドを経営していたと語っている。有名人ではトランプ米大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問の例がある。中学生の頃、クシュナーは友達が行くサマーキャンプには参加させてもらえず、建設不動産業者の父が監督する工事現場に連れて行かれたという。現実の仕事とはいかなるものかを父親が身をもって教えたわけである。

 思慮深い消費行動を取るように親が模範を示す点も重要だ。貧しかった移民時代の経験から倹約精神が尊ばれるだけでなく、差別が激しかった時代にキリスト教徒の反感を回避しようとした名残で、見せびらかしの消費を避ける者は少なくない。その代わり彼らは社会的に有意義な分野でお金を使う。特に子供の教育にはお金に糸目を付けない。可処分所得の大半を教育に投入するのが典型的なユダヤ人中産層の姿である。

 献金を通じてお金との付き合いを教えている点も見逃せない。家庭内には幾つもの献金箱が置かれていて、子供らは家の手伝いをしてお駄賃をもらうと一部は必ず献金箱に入れるよう教えられる。こうして貯(た)めたお金は貧しく苦しんでいる同胞や祖国イスラエルのために使われるのだ。献金を通じて子供らにユダヤ人意識・イスラエルとの連帯感を育もうとしているわけだ。慈善への献金額は平均的なアメリカ人では可処分所得の2%だが、平均的な在米ユダヤ人の場合、その倍の4%という統計的数値もある。懸命にお金を稼ぐが、つつましく暮らし、慈善活動に励む。「金の亡者」とはむしろ正反対の生き方こそが、彼らの成功を支えていると言えよう。

(さとう・ただゆき)