始まったかサウジ大変事

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

王族ら拘束し財産没収
慣例無視の王位継承で内紛も

 中東で最も危惧され、恐れられていたことが始動したのではないかとの懸念が世界に広がり、強い警戒感が抱かれる事態が発生した。それは国際世界全体にも衝撃を与え混乱の中に包み込む事態の到来を予感させるものである。

 「ビジョン2030年」と名付けられた「サウジアラビア近代化計画」を掲げて登場してきたムハンマド・イブン・サルマン皇太子が汚職撲滅の旗の下に、財閥ばかりか王族内にも調査の手を伸ばし、多くの人間を拘束軟禁し、近代化を前にしての大掃除を始め、その財産を没収するという考えられない行動に出て世界を驚かした。

 彼の行動はサウジアラビア国内ばかりか中東全体そして世界全体にサウジ異変を感じさせ、今後のサウジアラビア情勢に世界の注目を集めさせることとなった。皇太子の行動はサウジ変事を予測させる大きな要因として捉えられ、エネルギー事情に大きな影響を与えることになるばかりか、国家近代化計画である「ビジョン2030年」にも影響を与えることとなり、近い将来の世界経済にも少なからぬ問題を提供することは間違いない。

 今のところ皇太子の行動に対するサウジ王家内の反応ばかりか、国内財閥、部族、宗教界等からは具体的な反応は生まれていないが、これまでのサウジアラビア王国の体質から考えて、今後に出る反応に国際社会は高い警戒心を抱き、サウジ騒乱との距離を置こうとする気配が日一日と高まっていくことになるものと予測される。

 ムハンマド・イブン・サルマン王子が皇太子として登場した時、サウド家内部に動揺が起きた。これまでの国王と異なり国王の子が新国王に就任するという前例がこの国にはこれまで無かった。サウド家中興の祖として「沙漠の豹(ひょう)」と讃(たた)えられた故アブドゥルアジーズ・イブン・アブドゥルラハマーン・アル・サゥード、通称「イブン・サゥード」と言われた初代国王は、その死に際して長男から順番に王位を継ぐことを遺言としたと言われ、その後の歴史はその遺言通りに運ばれ現サルマン国王はその7代目となる。

 その間、多くの王子が国王になることを辞退し、結局、1936年生まれのサルマン現国王をもってイブン・サゥードの子供の世代が終了、今後の国王は第3世代すなわちイブン・サゥードの孫たちによって組まれていくこととなった。

 問題はこれまで兄弟の間で継承された王権が現国王の息子に移譲されるというサルマン国王の取った王位継承が正しいものであるか否かの疑問が王族内で囁(ささや)かれていることだ。もしこれまでの前例を踏襲するならばイブン・サゥードの最初の孫から始めるべきではないかという声である。

 すなわち第2代国王サゥード・イブン・アブドゥルアジーズの息子、すなわちイブン・サゥードの孫であるバーハ州知事のミシャーリ・イブン・サゥードが国王に就任すべきではと問われても不思議ではないということになる。

 今回の国王人事はこれまでの慣例とは異なり王権が父から子へと移譲されることとなり、この制度が定着すると今後のサウジアラビア国王はサルマン家直系となる。故イブン・サゥードが恐れていた国王をめぐる内紛が発生する恐れが生じ、王権継続時には王位継承紛争が起きる可能性をもたらすことになる。

 サウジアラビア王国では王位継承の時、皇太子時代に「何をやったか」「何をしなかったか」との視点で新国王の皇太子時代の政治姿勢と行動が王族会議、族長会議、宗教者会議によって審査され、合格をもって国王に就くことが慣例化されている。ムハンマド・イブン・サルマンもこの3会議の判断を仰ぐことになるものと思われるが、今回の行動によって吉と出るか、凶と出るかは今のところ判断できない。

 加えて今回の粛清にも似た王族、財閥への手入れは慣例を無視した王位継承に対する反発とともに、サルマン、ムハンマド政権を揺るがすことは避けられない。特に汚職対象者として摘発された王家の人々にとっては、自分たちの生活に直接関わる問題であり、名誉の維持が損なわれる重大問題であり、深刻な環境が生み出されたことになった。この問題が名誉に関わる結論を引き出した時、ムハンマド皇太子の王位継承に問題が発生する危険性をもたらすことになる可能性が大きい。

 ムハンマド皇太子は同時に多くの権力を支配した。国防、国家警備隊、治安の各大臣の地位を、これまで父から子へと伝統的に継承されてきた権利をその王族から奪う形で手にした。これによって王位継承3会議を通す考えであるとの意見が一般的に流れている。いずれにしても今のところ真相は明らかにされていない。国家財政の危機感から生じた行動であるとは単純に思えないが、戦略的民族アラブの行動を即断することは無謀であるとの先人の教えに戻ることが今必要なことかもしれない。

(あつみ・けんじ)