中東政策担うユダヤ4人衆

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

司令塔のクシュナー氏
イスラエル大使は顧問弁護士

 先月トランプ米大統領が行った初の外遊。その最初の訪問先に中東を選んだのもトランプが同地域の安定を最優先課題としている証しだ。トランプの中東政策を実質的に仕切っているのは4人のユダヤ系側近たちだ。その仕事ぶりを見てみよう。

 トランプは本音で言えば厄介極まりないパレスチナ・イスラエル紛争に深入りしたくないのだ。そこでパレスチナ国家に代わる新たな中東安定化策が中東版NATO(北大西洋条約機構)構想だ。シーア派イランの勢力拡大に危機感を募らせているスンニ派アラブ諸国を米・イスラエルの味方に抱き込むことで中東の安定化を図ろうとする策だ。実現に向けての第一歩はスンニ派の大国サウジとの軍事同盟強化だ。その切り札が向こう10年間にわたる1100億ドルもの米製武器輸出だ。合意形成で中心的役割を果たしたのが大統領上級顧問ジャレッド・クシュナーだ。

 クシュナーは米軍需産業の担当役員に値引きの余地を自ら問いただすなど、買い手側サウジの利害にも配慮を示すことで信頼関係を築いてきたのだ。1100億ドルの中には艦艇購入費も多く含まれている。これはイランの侵略からペルシャ湾、紅海域の防衛をこれまで以上にサウジに肩代わりしてもらいたいトランプ側の意向が反映されている。さてクシュナーは大統領府内の主導権争いでライバル、首席戦略官バノンに競り勝ったようだ。側近筆頭の地位を固めた彼は「中東政策4人衆」の司令塔としての役割も果たしているのだ。

 パレスチナ国家樹立案を「塩漬け」にしておきたいネタニヤフとトランプ。けれどパレスチナ側の不満はなだめ解消せねばならない。

 そこで米ユダヤ系ネオコンの重鎮エリオット・エイブラムズが打ち出したのが経済活動上の譲歩案だ。ヨルダン川西岸占領地全体の61%においてパレスチナ側が新たに住宅、農場、商工業施設を開設・運営することを条件付きで認める内容だ。実現すれば世界銀行の試算で、パレスチナの国民総生産高は35%増大すると予測されている。エイブラムズは熱烈なシオニストでありながら歴代共和党政権で国務省の要職を勤め上げた人物だけに柔軟な思考ができる外交官だ。また省内官僚機構の操縦術も熟知しているため公職経験のないティラーソン国務長官の補佐役としてはうってつけの人材である。目下、無位無官の身だが将来的に国務副長官への登用もあるやもしれぬ。

 さて、パレスチナ側の不満をなだめるべくトランプがネタニヤフに求めたいまひとつの要望は新たなユダヤ人入植を控えるようにという求めだ。トランプもネタニヤフも入植地建設をめぐって互いに不和になることを極力回避したい点では同じなのだ。共にオバマ政権の失敗から学んでいるわけだ。けれど両者共に極右シオニスト勢力による突き上げという火種を国内に抱えているため要望順守は容易ではない。それ故、成果を期待しにくいこのイスラエル・パレスチナ間の交渉役(中東特使)に指名されたのはトランプの腹心、ジェイソン・グリーンブラットであった。娘婿クシュナーにはやらせたくない汚れ仕事ということだろう。

 グリーンブラットは主任法律顧問として20年近くトランプの不動産取引を助けてきた側近だ。熾烈(しれつ)なビジネスの現場で幾多の合意形成を成し遂げてきた企業弁護士の方がキャリア外交官よりよほど使えるとトランプは信じ込んでいるため、後述のフリードマン同様、グリーンブラットが登用されたというわけだ。3月14日にパレスチナのアッバス議長と初会見を行って以後、グリーンブラットは米国務省よりも「影の国務長官クシュナー」との緊密な連携を保っている。グリーンブラットが依拠する情報源はユダヤ・ロビーの横綱AIPACであり、また彼自身、正統派ユダヤ教徒であることからパレスチナ側は当初警戒感を強めていた。これを払拭するためパレスチナ側の主張に熱心に耳を傾け続けた結果、当初の警戒感はだいぶ和らいだそうだ。

 4人の中で最もタカ派なのがイスラエル大使デービッド・フリードマンだ。トランプの顧問弁護士で長年の友人だ。イラン核合意に強く反対。イスラエル極右と提携して西岸入植地を拡大することが彼の目標だ。パレスチナ自治政府所在地の近くに展開する6500人ものユダヤ人が暮らすベイトエル(神の家)入植地は彼の父を創設者の一人として今でもたたえているのだ。「旧約の族長ヤコブ」ゆかりのベイトエルは宗教シオニストにとり死守すべき聖地なのだ。親子2代にわたりベイトエルを支える募金活動の中心を担ってきたフリードマンのイスラエル大使任命は、イスラエルの現占領地を寸土も割譲させるつもりはないというトランプの本音を示すメッセージと言えよう。またフリードマンは「米大使館のエルサレム移転論者」として有名だが、パレスチナ側との対話再開の妨げになると判断したトランプが「移転案」を見送ってしまったため、フリードマンの出番は遠のいてしまったようだ。

(さとう・ただゆき)