英国下院総選挙の意味

浅野 和生平成国際大学教授 浅野 和生

解散権復活し民意問う
解かれた任期固定法の呪縛

 4月18日、英国メイ首相が下院を解散して6月8日に総選挙を実施する緊急声明を発した時、封鎖されたと思われていた解散総選挙が英国で復活した。

 1979年に就任したサッチャー首相は、史上初の女性首相として注目される中、保守党内の抵抗で主導権掌握に手間取っていた。しかし82年、閣内の反対を押し切って、サッチャー首相がフォークランド戦争開戦を決断、英国がこれに勝利すると、保守党は翌年の総選挙で圧勝して、90年まで続く長期政権の礎を築いた。

 メイ首相は、「第二の鉄の女」となるべく、果敢に下院の解散総選挙を決断した。

 さて、下院の任期は1911年議会法で5年と定められたが、実際には、任期満了を待たずに、首相が国王(女王)に助言して、王権による解散が行われることが多かった。しかし2011年の「議会任期固定法」によって、総選挙は5年に1度と決められた。

 これは、10年の下院総選挙で、保守党が第1党になったものの議会の過半数を得られず、第3党の自民党と閣内連立を組むための条件の一つであった。

 英国の下院選挙は、完全小選挙区制で、この制度は二大政党間での政権交代を促し、政治責任を明確にするメリットがある一方、第3党以下は極端に議席をとりにくい特性がある。そこで、自民党は連立政権に入る見返りとして、選挙への比例制の導入を保守党に迫った。これに応えて、キャメロン内閣は比例の要素を加味した「優先順位付連記投票制度」の導入について国民投票を実施した。しかし、11年5月の国民投票の結果、賛成32・1%、反対67・9%で新制度導入は否決された。

 保守・自民連立のためのもう一つの契約が、政権の都合による解散総選挙を封じる、下院の任期5年固定化だったのである。こちらは同年9月15日に「議会任期固定法」として成立し、選挙は5年毎の5月の第1木曜日と決められた。ただし、例外として、内閣不信任案成立と、下院の3分の2多数で自主的に解散を決定した場合は解散総選挙となる。

 ところで、英国の内閣は、普通は下院に過半数の与党をもつから、まず内閣不信任案の成立はない。また、20世紀以後の英国議会史において、与党単独で定数の3分の2を占めたことは一度もない。だから解散はないと思われた。

 15年5月に次の総選挙が行われると、キャメロン首相の保守党は1992年以来23年ぶりに単独過半数を獲得した。これで自民党との連立はもはや不要となった。しかし、昨年6月23日、英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票でEU離脱派が勝利を収めると、EU残留を目指していたキャメロンは首相を辞任した。こうして保守党党首選挙が実施され、テリーザ・メイが首相となった。

 そのメイ首相は、本年1月17日に、EU離脱に際してEU単一市場からも撤退する、いわゆる「強硬離脱(ハードブレグジット)」の選択を表明した。その後、英国下院は2月9日、賛成494対反対122の大差で、メイ首相にEU離脱を通知する権限を与える法案を可決、3月13日に上院でも可決した。こうして3月29日、メイ首相はEUのトゥスク大統領に対して、英国のEU離脱を正式通告し、2年以内に英国はEUを離脱することとなった。

 ところでメイ首相は、保守党の議員による投票で党首に選ばれて首相になったので、必ずしも民意の支持を得た首相ではなかった。また、保守党は下院で単独過半数ではあるが安定過半数とは言えなかった。そこでメイ首相は、総選挙で勝利し、国民からお墨付きをもらうとともに、議会で与党勢力を拡大させて、対EU交渉の立場を強化しようと解散を決断した。

 さて、与党が解散・総選挙を決断した時、野党はこれに反対するだろうか。挑戦者である野党は、機会を捉えて内閣を倒し、政権を奪取することが議会活動の目的だから、総選挙が早まることは歓迎すべきことである。

 日本も同じ制度だとして、安倍首相が解散を申し出た時、蓮舫・民進党は反対するだろうか。しないだろう。その時点で、情勢が野党に不利だとしても、与党の政権延命を認めることは野党として自殺行為だからだ。与党が解散を申し出れば、野党の多くは同調して、3分の2多数決でも解散が可決されることは自然である。保守・自民連立政権のように、両党合意を尊重する事情がなければ、与党は意のままに解散できるのである。

 実際、解散当時の労働党は、世論調査の政党支持率で保守党に20%の大差をつけられ、情勢は不利だったが、メイ首相の解散表明に、コービン党首はただちに賛意を示した。翌4月19日、下院は賛成522(定数650)の圧倒的多数で解散を決定した。

 こうして「議会任期固定法」の呪縛は解かれ、メイ首相の手で英国100年の伝統が復活し、EU離脱に進む英国で内閣支持の民意が問われることになった。

 しかし、必ずしも首相の思惑通りに行かないのが選挙である。決断は凶と出て保守党は過半数割れとなった。「第二の鉄の女」を目指したメイ首相にはいばらの道が待っている。

(あさの・かずお)