暗中模索のシリア和平会議

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

HNCに暗黙の自治か

「休戦延長」狙うアサド政権

 仲介者デミストゥラ国連特使の下、注目の「シリア和平会議」がジュネーブで3月14日に開催されてから8日が過ぎた。この間、会議に関する経過報告も討議内容も発表されず、その会議は闇の中にある。

 「シリア和平会議」は今年1月末に開かれたが、ロシア軍の空爆が反体制派地域にも及んでいるとして反体制派が反発し、それが原因の一つとなって中断するという前歴を持つ会議であったが、開催に合わせてロシア空軍のシリア撤退が突然発表された。前回中断の障害がロシアの電撃的決断の下で省かれたことで今回の開催となった。

 協議開始を前にフランス、米国、英国、ドイツ、イタリアの5カ国外相会議が開かれ、欧米の意向は伝えられた。その中での開催であることから、将来のシリアに対する大きな枠組みが定められたものの、アサド政権、反政府勢力に関する具体的な内容は定まっていないものと見られる。

 2014年1月と2月、スイスで開催された2回の和平会議では、反政府団体を代表して「シリア国民連合」が出席したが、今回は全ての反政府組織の代表として「最高交渉委員会」(HNC)が結成されて代表として出席した。しかし、前回の会議に対する反政府勢力内の意見対立が今回の委員会を生み出したものと思われることから、今回の会議の結果をめぐって反政府勢力間に今後対立が生まれる可能もあるかもしれない。

 古来、アラブ世界では会議による問題解決を重視してきた。「マジュリス」と呼ばれる会議は全員一致するまで話し合いが継続され、族長が議長として仲介の役を務める。前2回の会議ではブラヒミ国連・アラブ連盟特別代表がその労を執ったが、今回は国連特使としてのデミストゥラ氏がその任に就いた。

 両者の意見を両者に伝え、双方とも納得するまで無期限に継続されるのがアラブ流である。議長はあくまで完全な仲介者に徹することができるか否かが会議を成功に導くことになる。会議は未だ継続中でありその意味では期待できる。

 今回、注目のシリア和平会議はジュネーブで開始されたものの、その内容は沙漠の蜃気楼の如くまったく判明しない。アサド政権側と反アサド政権集団「最高交渉委員会」の間をデミストゥラ国連特使が行き来し、やがて直接会議開催に向けて動き出すものと期待できるが、いずれにしろシリアの将来を決めることになる。

 考えられるところでは、双方の要求はアサド側、反政府側も対等の位置で国会選挙、大統領選挙、地方選挙を行い、新たに開かれる国会で新憲法作成を図り、新シリアの将来を定めることにあると思われる。しかし、5年目に入った騒乱の原因、その責任の存在、そして国民への補償等の具体的な問題は避けて通ることはできないと思われることから、会議内容が具体的になればなるほど難しくなる。

 会議開催直前、ロシアがシリアに派遣していた空軍の一部を役目終了として引き揚げ、世界を驚かせたが、ロシアの行動はアサド政権が状況判断した上での結論であると思われる。アサド側は反政府勢力に対する攻撃を終了させ、反政府勢力との停戦を継続することが現実的な判断であるとの結論に達したと思われるからである。

 アサド政府側は、ロシア空軍機の攻撃により反政府勢力がダメージを受け、これまで維持してきた地点から撤退している現状から、これから新たに反政府勢力が攻撃を展開する能力を維持拡大することは難しいと判断したと同時に、アサド政府軍は十分に応えられる戦力を維持する体制を維持しているものの守備範囲の拡大は難しいと判断しての結論であったと思われる。

 アサド大統領は2015年7月26日、国営テレビで演説し、政府軍の兵力が不足し政権側支配地域が縮小していることを国民に示した。大統領は「今後の防衛は重要な地域を優先する」とし、都市が集中する国土の西側の防衛を重視する方針を示唆した。

 政府軍の力不足という厳しい現状と、それに伴う政権側支配地域に対する防衛力縮小を認めた時点で今回の会議参加が休戦延長を図る上で必要であり、さらにまた、能力の回復を図ることを画策している可能性がある。会議終了において「休戦延長」が決議されたならば、それは納得できるものでアサド側は会議に勝利したというこになる。

 防衛不可能なトルコ国境を、自治を条件にクルド族(PYD)に任せ、戦略拠点である南のダラア、交通の要であるパルミラの防衛にはロシア空軍の協力を仰ぎ、「イスラム国」(IS)及び他のテロ集団の対策においては国際的な協力体制の下で臨み、反政府勢力の支配地域には暗黙の自治を考えるというアラブ的構想をアサド政権は抱いているのかもしれない。

 いずれにして、政府側にも反政府側にも相手を押し込める能力がないという環境で始まった動乱である。会議は双方とも生きる道を模索する会議であることは間違いなく、それに沿った道が模索されよう。

(あつみ・けんじ)