IS壊滅の機会を逸した世界

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

米軍イラク撤収前に蠢動

オバマ政権が内戦に不介入

 世界から最大級の非難を浴びながらも過激派組織IS(「イスラム国」)は存在を維持している。カリフを自認するバクダディなる人物は、上空を有志連合の戦闘機に覆われ、周辺をアラブ、クルド、トルコ諸族に取り囲まれ、米国、ヨルダン、イスラエル等の情報機関に包囲されながら拠点をユーフラテス川流域に置き、イラク西部ハジャラ沙漠からシリア沙漠一帯を影響下に置いて生き続けている。

 支配した地域のイスラーム教徒には共存か追放、非イスラーム教徒には改宗、課税、追放、殺害の選択を迫り、その結果、多くの人々が難民となった。財産のある者はヤミの船舶・陸上運送業者に高額の旅費を払って海へ、陸へと北上し、命を失う者、誘拐される者など多数の犠牲者を出しながらヨーロッパに住む親戚らを頼って国を離れた。今、世界の高い関心を集めているイラク、シリアからの難民は、途中で落命した者、不明になった者の数は少なく見ても5000人を越えていると見られ、惨状は止まることがない。

 ISは支配地域からの非賛同者を追放し、賛同者だけによる己の考えるイスラム国の誕生を目指し貴重な人類の遺産を破壊しながら驀進している。

 今、世界はこの動きを止め熱砂の沙漠に埋没させることを願い努力しているが、討伐の中心となるイラク軍の立て直しに苛ついている。今から思えば、こうなる前に打つ手はなかったのかと思う。なぜならば、ISが登場して1年数カ月経ったが、その前身の時代「イラク・イスラム国」を重ねると、この集団の歴史は12~13年程となり、その初期の段階で壊滅させることが可能であったと思われるからだ。

 フセイン政権崩壊直後に始まったシーア派のスンニー派に対する復讐劇が幕を開けた2003年頃から、スンニー派イラク人集団、フセイン政権残党等々が一団となってシーア派に対する報復戦を開始。この伝統の「目には目、歯には歯」の劇が演じられる中で「イラク・イスラム国」が結成されていった。

 04年12月24日付のフィガロ紙はイラクで「イラク・イスラム軍」の人質となっていた仏人記者ジョルジュ・マルブリュノー氏の手記を掲載したが、その中で同氏は犯行グループの目的がイスラム教原理主義に基づく「カリフ国家」の再現にあり、フセイン政権残党も参加する中で拉致、尋問、裁判の3部門を持っていると述べている。またアラブ諸国の政権を倒し、アンダルシアから中国国境までカリフ国家を再現するのが目的で、打倒する政権の優先順位は「サウジアラビアとエジプト」と述べている。

 05年1月5日付のアッシャルク・ル・アウサ紙は当時のイラク政権の国家情報機関局長であったシャフワニ氏との会見を報じているが、同氏はイラクの反米武装勢力について「実動部隊は旧バース党・軍、イスラム過激派ら2~3万人で、潜在的シンパは三角地帯を中心にスンニー派約20万人」と指摘。さらに、イブラヒム元革命評議会副議長や処刑されたフセイン元大統領の異父弟サバウィ・イブラヒムら旧政権幹部が、シリア国境を自由に行き来しながら武装勢力の指揮や資金援助に当たっているとの見方を示している。今日見るISの姿はこの時点で形成されていたと言えるであろう。

 05年10月7日付のニューヨーク・タイムズ紙は現アル・カーイダの指導者アイマン・ザワヒリが「イラクのアル・カーイダ」指導者、故アブー・ムサブ・アル・ザルカウィに宛てた手紙で、「今後の目的はイラクから周辺諸国へジハードを拡大し、拘束者の首の切断や自爆テロなどの強硬手段を用いて、①イラクから米軍を排除する②イラクにイスラム国家を樹立する③エジプト、シリア、レバノンにも戦いを拡大する④イスラエルと対決する」という4段階戦略を示したと報じている。

 翌年の10月、当時イラク・スンニー派武装組織連合体「ムジャヘディン評議会」の指導者であったアブー・オマル・バグダディは、イラク西部一帯での「イスラム国」樹立を一方的に宣言した。

 翌年の07年4月19日に「イラク・イスラム国」の名の下に10人の「閣僚名簿」を発表し「最初のイスラム教徒による政府」の樹立を宣言した。首相・戦争相にアブーハムザ・ムハージル幹部が就任、バグダードを含む中西部のスンニ派8県を「国土」と称した。

 米政府は07年2月2日、イラクの現状と今後の見通しについて情報機関がまとめた機密報告書の一部を公開した。それによるとシーア派の統治能力の欠如や国をまとめる指導者の不在を指摘し、イラク国土の各地区で地域支配を試みる動きが発生、イラクは無政府状態に陥ち「内戦は避けられない」との結論に達したと報じた。

 11年12月米軍は撤退したが、この報告書が出された時には米軍はイラクに駐留していた。米国がイラク国内の状態と将来の姿を熟知していた中で「イラク・イスラム国」は成長し続けたのである。イラク撤退の世論とアフガニスタン内戦に介入しながらもオバマ政権下でのイラク内戦には不介入を決めた米国の姿勢に今のイラクの現状を重ね合わせると、国際社会は改めてこの種の問題解決の方策を検討する必要があると思わざるを得ない。

(あつみ・けんじ)