ガザ戦争にみる国際人道法

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

非対称で正規軍不利に

政治解決が必要な政治紛争

 イスラエルと急進パレスチナ集団間の戦闘は休戦協定をもって当面終結した。この戦争は自衛とテロの狭間にある。そこでは多数の民間人が巻添えとなり、従って戦時国際法(=国際人道法)の保護対象とされる。

 既にハーグ陸戦規約に規定される諸原則は、非対称戦争が通常化されて以来、再定義が必要とされている。第2次世界大戦後、戦時法は人道法と表示され、個人の地位が強化されている。現在の非対称戦争では、正規軍(イスラエル)が、「人間の盾」等によって自らの民間人の犠牲を厭(いと)わない敵(ハマス)と戦っている。そこでは正規軍が「婦女子の殺戮(さつりく)者」と非難される蓋然(がいぜん)性が高い。他方、非対称戦争でも通常戦争と同様にメディア戦争も行われる。このメディア戦争では、人権を順守しない敵を相手に勝利することは極めて困難である。以下、国際人道法(戦時国際法)の諸原理とその適用ケースについて検討したい。

 1.イスラエルのジレンマ 例えば、イスラエル政府は、国連安保理による休戦への呼びかけに苦慮している。更に国連人権理事会は、ガザ地区でのイスラエル軍の攻撃の調査を決議する。29カ国がパレスチナ代表の提出した決議案に賛同し、紛争における国際的人権の「組織的且つ重大な侵害」を非難し、国連調査委員会の設置を要請している。イタリア代表は、これに対し、欧州連合(EU)の名において決議案がハマスの責任とイスラエルの自衛権が指摘されていない事実を批判した。

 正に居住地への(そして居住地からの)無差別攻撃は、戦争の両当事者に対し国際人道法によって禁じられている。イスラエルは、確かにハマスのミサイル攻撃に対し有効に自己を守る権利は留保しているが、その際に比例適合性の原則を順守しなければならない。つまり攻撃に先立ってイスラエルは、ガザ地区の住民に対し攻撃を予告し、居住地を離れる警告を発しなければならない。

 イスラエルは実際にこの義務を概ね履行している。しかしながら、この場合イスラエルに対し、居住地への攻撃それ自体が禁じられるならば、イスラエルはハマスによる国際法違反のミサイル攻撃に対し、自衛の手段を奪われることになる。ともあれ、その限界の個別的確認は極めて困難である。例えば、国連ユーゴスラヴィア法廷の控訴審で、諸都市の爆撃を命じたクロアチアのゴトヴィナ将軍は、無罪判決を受けた。第一審で軍事目標から200㍍以上離れた地点への攻撃が戦争犯罪と見做(みな)されたのに対し、控訴審ではこの基準が棄却された。この判決は、民間人の保護が具体的には極めて難しい事実を示唆している。

 しかも原則的に軍事的成功に対し、予測される民間の損傷が比例不適合な場合、軍事目標への攻撃そのものが疑問視される。この原則を真面目に受け取る場合、ガザ戦争におけるイスラエルは、極めて不利な立場に置かれる。しかも世界世論の主流は、例えば無人機による敵の戦闘員の意図的殺害も許されないばかりか、テロ的であると看做す。その際に戦闘員を標的とする措置が無実の犠牲者の回避を目的としているにもかかわらずである。

 この問題に対しては、2009年5月の国際赤十字委員会の解釈補助が以下の点を明確化している。曰く、恒常的に戦闘任務と結ぶ機能を行使する全ての民間人(非戦闘員)は何時でも軍事的に攻撃対象とされることが許される。しかし同時に、軍に対する重大な危険がない場合には可能な限り、相手の意図的殺害よりも逮捕を優先すべきである。

 2.ガザの分離壁施設は国際法的問題 ガザ戦争では、とりわけ国際法的背景が看過されてはならない。イスラエルは、1967年以来パレスチナ地域(ガザ地区)を占領している。05年イスラエル軍は、ガザ地区から撤兵したが、後にこの地区を外側から隔離し続けている。このような占領政策故にイスラエルは国際的非難の的とされている。国際司法裁判所は04年の勧告意見の中で、イスラエル領土を越えて西ヨルダン地域に設置された保護壁が国際法違反であると断じ、イスラエルに対し壁構築を中止し、この目的で徴収した土地を地権者に返還するか、あるいは補償することを要求した。

 なおこの際に裁判所は、自らを守るため自国領土内に保護壁を設置するイスラエルの権利には疑問を提示しなかった。

 3.イスラエルは裁判所の見解に同調せず 相手側の領土に設置した保護壁をイスラエルは未だに除去していない。他方、非国家集団のテロ攻撃に対する自衛措置の事実を否定する裁判所判決に従うことも容易ではない。イスラエルは、不断にイスラエル・パレスチナ紛争が政治紛争である事実を強調する。曰くテロがなければ、保護壁の必要もない。

 国連安保理は、09年のガザ戦争で「イスラエル軍のガザ地区からの完全撤兵に導くべき、即時、永続的かつ完全に順守される休戦」を要求した。更に安保理は、拘束的決議の中で「民間人に対する全ての暴力及び敵対行為並びにあらゆる種類のテロ行為」を非難した。

 これにイスラエルは、「イスラエルは自らの市民を守る権利について外部から決定されることを決して受け入れない」と回答した。政治紛争は政治的解決を必要としている。

(こばやし・ひろあき)