【韓国紙】無公認・推薦の小細工


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

1903年の鍾路 Wikipediaより

 ソウルの鍾路をよく“政治1番地”と呼ぶ。単に青瓦台(大統領府)があるという地域的な特性のためだけではない。600年のソウルの歴史において、鍾路は朝鮮時代の政治、文化、産業の中心地だった。日本強制占領期に国権は日本に奪われたが、鍾路1街から5街まで続く朝鮮人中心の商圏という自負心は消えなかった。景福宮を中心に世宗路の両側に吏曹、戸曹、兵曹、礼曹など現在の政府省庁に当たる官衙が並んだ。景福宮裏の青瓦台を中心に光化門の両側に政府世宗路庁舎と外交部庁舎、米国大使館などが並ぶのと同じだ。

 住民登録番号が初めて作られた1968年、青瓦台が位置する鍾路区孝子洞の地域コード番号が1番だったし、中央選挙管理委員会の地域区順序でも鍾路区が一番上に登場する。開票の選挙放送でも全国の選挙区のうち、鍾路が一番最初に読み上げられる。鍾路は過去に大統領の座を夢見た数多くの大物たちが政治的な勝負をかけた場所でもある。尹潽善(第4代)、盧武鉉(16代)、李明博(17代)の歴潽代大統領3人を輩出した。それだけにとどまらず、張勉首相(制憲国会)、李鍾賛元国情院長(11、12、13、14代国会)、“将軍の息子”として有名な金斗漢元議員(3代)も鍾路出身の政治家だ。

 人口15万人にすぎない鍾路の政治的地位はかつてほどではない。大勢の人々を動員して獅子吼していた(立候補者たちの)合同演説会の時代は消え去った。権力の中心という象徴性を除き、経済・文化の中心はずっと昔に漢江の南に移った。とは言っても、鍾路が依然、民心と国民感情の風向計の役割を果たしていることは厳然とした事実だ。

 共に民主党の李洛淵前代表が大統領選挙の党内予備選挙に出馬して空席になった鍾路の補欠選挙が物議を醸している。

 民主党が(3月9日の国会議員補欠・再選挙で)鍾路など3選挙区で公認・推薦を行わないと宣言したが、党所属のキム・ヨンジョン鍾路区庁長が無所属での出馬を予告して、民主党を離党した。彼はフェイスブックに「私の血管には民主党の青い血が流れている」と書いている。野党側からは“無公認・推薦の小細工”“衛星政党式の出馬”との批判が殺到した。郭尚道元議員(国民の力)の選挙区である大邱中・南に無所属で出馬を宣言した国民の力の金在原最高委員は批判が起こることを意識して、翌日に出馬意思を撤回した。鍾路の有権者たちの選択が気になる。

 (2月14日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

(サムネイル画像:Wikipediaより)