北朝鮮拉致事件と自民党総裁選

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

解決に向けた気概を示せ
自国民奪還は国の最優先課題

濱口 和久

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

 自民党総裁選は岸田文雄、高市早苗、河野太郎、野田聖子の4氏による戦いが繰り広げられている。4氏は独自の政策を掲げているが、高市氏を除いて、北朝鮮による拉致事件の解決に対する熱意をあまり感じないし、優先順位も低いようだ。4氏に限らず、国会議員から拉致事件の解決に向けての気概を感じることができない。

 平成14(2002)年9月17日、初の日朝首脳会談で日本人拉致を北朝鮮が公式に認め、5人の拉致被害者とその家族が帰国してから19年が経つ。その間、横田めぐみさんの父・滋さんや有本恵子さんの母・嘉代子さんがお亡くなりになった。

国交交渉優先して放置

 日本人が北朝鮮に誘拐された拉致事件は、新型コロナウイルス対策と同様に国家が最優先で解決に向けて取り組むべきテーマであり、戦後最大の日本に対する主権侵害行為である。自民党総裁選は首相を選ぶ選挙でもあり、北朝鮮に対して間違ったメッセージ「日本は解決を諦めた」を送らないためにも、拉致事件の解決に向けての姿勢を4氏には示してほしい。

「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」で挨拶する横田めぐみさんの母・横田早紀江さん =24日午後、東京千代田区の砂防会館別館

「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」で挨拶する横田めぐみさんの母・横田早紀江さん =24日午後、東京千代田区の砂防会館別館

 日本政府は韓国に亡命した北朝鮮の工作員、大韓航空機爆破事件の金賢姫(キムヒョンヒ)、日航機「よど号」乗っ取り犯グループの元妻の証言などにより、北朝鮮による日本人拉致の疑いが濃厚になってからも、日朝国交正常化交渉の障害になるということで、拉致事件の解決に積極的には取り組んでこなかった。

 当時13歳であった横田めぐみさんや、23歳であった有本恵子さんは何も海外旅行で危険な地域に行って誘拐されたわけではない。北朝鮮に侵入してゲリラ活動をしていたわけでもない。普通の中学生として国内で平穏に暮らしていたところを北朝鮮工作員によって無理やり船に乗せられ連れ去られ、あるいは海外に留学していたところを騙(だま)されて拉致されたのである。

 本来、北朝鮮が日本人拉致を認める前であっても、さまざまな状況証拠や証言により、拉致されたことは疑いのないことであった。裏を返せば、日本という国家が「自国の国民の生命・財産・人権・自由を守る責任」を放棄してきたとも言える。拉致された人たちは紛れもない日本国民であり、彼らには誰も奪うことのできない「生命・自由の権利」がある。同じようなことがもし、米国人を襲ったとしたら、米国政府はあらゆる手段を使って北朝鮮と交渉し、自国民を奪還するだろう。

 外務省の槙田邦彦アジア大洋州局長(当時)にいたっては、「日本政府が拉致と認めているたった10人のことで、日朝交渉に障害が出ては困る」と公の場で発言した。槙田氏の発言こそが、当時の拉致事件に対する日本政府の認識だったのである。

 昭和53(1978)年、北朝鮮によって自国民4人(うち2人はのちに自力で脱出に成功)が拉致されたレバノンは、強硬なメッセージやあらゆる外交手段を通じて、拉致から1年4カ月後に残りの2人を取り戻している。同じ主権国家として、レバノン政府の取った行動は日本政府とは大きな違いがある。

 日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」とあるが、全ての国が「平和を愛する諸国民の公正と信義」に当てはまるならば、北朝鮮のように拉致事件を起こすような国は生まれないはずだ。

総選挙で憲法改正問え

 岸田文雄、高市早苗、河野太郎、野田聖子の4氏は、憲法についてのスタンスに温度差があるが、憲法が拉致事件の解決を妨げることだけは絶対に避けなければならない。自国民を守り、そして、拉致被害者を奪還することができない憲法を放置したままでいいのか。4氏のうちの誰が新しい首相になっても、目の前に迫った衆議院の総選挙では憲法改正の必要性を問うべきだ。

 新型コロナウイルス対策の中で、国民も憲法の不備を意識するようになった。全国知事会からは感染拡大を防ぐために個人の行動を制限するロックダウン(都市封鎖)が提言されたりもした。しかし、現行の憲法ではロックダウンの実施は事実上できない。

 憲法改正を実現することは、日本政府の拉致事件の解決に向けた強いメッセージを北朝鮮に送ることにも繋(つな)がるのである。

(はまぐち・かずひさ)