北は民間人を無残に銃殺したのか
韓国海警は“自主的に越北”
延坪島近隣の海上で行方不明になった後、北朝鮮に射殺された公務員の李某(47)氏が、自主的に北朝鮮に渡った(越北した)と暫定的に結論付けた海洋警察(海警)の発表が、北朝鮮当局の明らかにした射殺の経緯と大きく食い違っている。海警と軍当局が把握した内容が事実ならば、李氏の身元と越北意思を確認した北朝鮮側の李氏射殺の経緯が釈然としないのだ。
これまで軍は李氏の“自主的な越北”の可能性に重きを置くのに対し、遺族はそれを一蹴するなど論議があったが、海警は29日「越北」と結論付けた。その根拠として、まず北側が李氏発見当時、名前や年齢、故郷、身長などの身元情報を詳細に把握していた点を挙げた。これは李氏が越北意思を示して伝えたものと分析されるが、北海軍の取締艇が所属部隊とやりとりした交信内容から把握されたものと推定される。北朝鮮艇が李氏と意思疎通に十分な距離まで接近したことを示す内容だ。
海警の発表が正しければ、北側は李氏が非武装状態で越北を試みた民間人であることを知りながらも無惨に銃殺したことになり、国際社会の非難を免れず、誰がなぜ射殺指示を下したのかという疑問が膨らまざるを得ない。
北朝鮮が25日、統一戦線部名義の通知文で「浮遊物に乗って不法侵入した者に80㍍まで接近して身元確認を要求したが、初めは1、2回、大韓民国の誰それだとはぐらかして、それからはずっと返事をしなかった」とし、李氏を“不法侵入者”と規定したことも、このような点を意識した反応だと解釈される。
海警はまた、李氏が北朝鮮海域で発見された当時、救命胴衣を着ていたとしているが、北朝鮮は救命胴衣を着用したかどうかには言及せず、李氏が“浮遊物”に乗っていたと説明。特に射撃後10㍍まで接近して確認捜索したが、正体不明の侵入者は浮遊物の上にいなかったと主張した。海警の発表のように李氏が救命胴衣を着けていれば、銃撃された後も海上に浮いているはずだ。
北側が死体を焼いて棄損したのかどうかも疑問だ。海警はこの部分について捜査結果を出さなかった。軍は24日「北朝鮮が北側海域で発見された韓国国民に対して銃撃を加え、死体を燃やす蛮行を犯したことを確認した」と発表した。軍関係者は出処を秘した諜報内容を根拠に、「北の取締艇が上部の指示で行方不明者に射撃を加えたと見られ、防毒マスクをかぶり防護服を着た北朝鮮軍が死体に接近して燃やした状況が捉えられた」と説明した。しかし、北側は翌日「射撃後、接近して確認捜索したが正体不明の侵入者は浮遊物の上におらず、浮遊物だけ燃やした」と反論した。
現在、北側も李氏の死体の捜索作業に乗り出したと言われている。死体を発見し自らの主張の正当性を立証しようとする動きだろう。もし死体が発見されなければ、論議だけさらに大きくなりそうだ。こうした論議を防いで事件の正確な実体把握のためには南北共同調査が必要だという主張が説得力を得つつある。
(オ・サンド、カン・スンフン記者、9月30日付)
※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。
ポイント解説
真相を藪の中へ押し込む
朝鮮半島の周辺で起こる事件はなかなか真相が明らかにならない。ここでは“体制の都合”と“政治的目的”が優先されるため、「事実の争い」にならないからだ。
北朝鮮の取締艇に銃撃された韓国海洋水産部の公務員は果たして、自ら北へ行こうとしていたのか、本当に銃撃されたのか、不明なことが多すぎる。死体が発見されていないため、裏付けるものがない。あるのは南北双方の発表と、韓国側が傍受していた北の取締艇と所属部隊との交信記録だが、韓国当局がそれを全部公表するわけがない。
家族は越北をありえないと否定するし、韓国当局は本人に借金があったなどの個人情報までバラして、越北を裏付けようとしている。しかし、現代の社会で不自由で貧しい北朝鮮に自ら行こうとする韓国人がいるだろうか。脱北者が韓国社会に馴染(なじ)めず郷愁等で戻るケースはあるが、生粋の南の人間が北へ自らの意思で行こうとすることはほぼないだろう。あるとすれば「帰還するスパイ」か「帰順する思想的確信者」しかいない。
韓国メディアはもっぱら韓国軍や政府の発表に疑心を抱いているようだ。文在寅大統領への報告も遅く、その間、国連演説で能天気に「終戦宣言」に言及していたこともあり、朴槿恵前大統領時の「セウォル号の対応」を持ち出して糾弾する声も出ている。
ならばこそ、政府としては「越北」との結論を出さざるを得ないのだろう。金正恩党委員長の「謝罪」と言われる北統一戦線部の通知文にも、「北の最高指導者の素早い謝罪は史上初」と歓喜し、関心を逸らせることに躍起だ。だが、これも誰の作文か分かりはしない。北の公式メディアでは一切伝えられていない。
日本海で航空自衛隊機が韓国軍艦からレーダー照射を受けた事件のように、明らかにできない真相がここにもありそうだ。
(岩崎 哲)