菅首相の前に置かれた三つの岐路


韓国紙セゲイルボ

「小渕の道」か安倍継承か

 1998年7月、参議院選挙惨敗の責任をとって橋本龍太郎首相が辞意を表明すると、米紙ニューヨークタイムズは後任に名前が挙がった小渕恵三を「彼は冷めたピザほどの魅力しかない」と評した。この記事は急速に広がり、彼のニックネームはにわかに「冷めたピザ」になってしまった。

衆院本会議で首相に指名され、一礼する自民党の菅義偉総裁(手前)=16日午後、国会内

 小渕は会見で「冷めたピザも電子レンジで温かくなる」と正面から受けて立ち、家の前で待機する記者たちに温かいピザを振る舞った。

 第84代日本国総理大臣小渕恵三。同年7月末、首相に選出されたが、民心は冷たかった。東アジアを襲った経済危機の中で経済と関連した国政経験がなかった。「3日持つか」という話さえ出た。

 だが、小渕は敵を作らない温和な人柄と特有の誠実さで国政を導いた。忙しい日程の中でも街に出て民心に耳を傾け、多くの人々に電話をかけて意見を聞いた。否定的なイメージが晴れて経済が生き返り、就任1年後に支持率が50%を越えた。

 特に小渕は金大中大統領と共に韓日関係の未来戦略を提示した「1998年体制」を開いた。同年10月、金大中と共に「21世紀に向かう新しい韓日パートナーシップ共同宣言」、いわゆる「金大中・小渕宣言」を発表したのだ。

 日本は過去を直視し、韓国は過去を越えて未来を見る、均衡のとれた戦略構想だった。これは歴史意識と国際的見識を持った金大中でなかったとすれば、また、耳と心を開くことができた小渕でなかったとすれば、実現できなかった“事件”だった。

 菅義偉首相の時代を迎えて、小渕がまず想起された。韓日関係で、対決的でイデオロギー的な対応で一貫した“安倍首相の道”でない平和と共存を模索した“小渕の道”を歩くことを希望するからだ。

 菅、小渕の間に共通点も少なくない。菅は昨年4月、新しい年号「令和」を発表したが、30年前には小渕が年号「平成」を掲げた。2人とも安倍のようなイデオローグではない。実用的ながらも対話と調整を重視するという評価だ。

 ただし菅は「韓国などと戦略的な関係を構築する外交を行う」としているが、直ちに関係改善につながる可能性は大きくないように見える。強制動員問題をはじめとする歴史問題が重くのしかかっている上に、両国民の疲労感も累積している。経済協力と交流に対する両国の利害が以前ほど大きくない点も構造的な対立を育てる背景だ。

 「安倍政権の政策を継承する」と宣言した菅自ら外交安保政策では“継続性”を強調した上に、安倍に諮問するといった点も引っかかる。「安倍2・0」水準の「菅の道」にとどまる恐れが出てくる点だ。

 それでも変わるものはある。深刻化する米中対立は関係変化を招く環境的背景になり得る。梁起豪(ヤンギホ)聖公会大教授は、「米中競争が深化するほど、韓国と日本ともに困る」として、「両国が協力して対応すれば、経済的空間が生まれ得る」と展望した。

 徐薫大統領府安保室長と北村滋国家安保局長、朴智元国家情報院長と二階俊博自民党幹事長間の人脈も関係改善のインフラになり得るとも指摘した。

 関係を改善させるために両国が共に動かなければならない。特に両首脳が乗り出すべきだ。乱麻のようにもつれた懸案と長年の課題をすぐに解決することは難しいが、対話と変化のモメンタムを作ることはできるはずだ。梁教授が、「両首脳が意を決して動けば雰囲気と気流変化も不可能ではない」と強調したのはそのためだ。

 文在寅大統領が「金大中の道」を選ぶならば、菅は「小渕の道」を真剣に考えてくれるのではないかと期待する。菅が“政治”に対する初心を失わないことを期待する。「世の中を動かす力は政治だ。人生を懸けたい」

(キム・ヨンチュル外交安保部長、9月16日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

ポイント解説

菅政権の誕生に「期待」掛ける韓国

 乱麻のように絡まった日韓関係をそろそろ解きほぐしたい、という韓国側の切実な思いがにじみ出る論説だ。韓国は政権のスキャンダルが続発し、新型コロナウイルス感染拡大もあって経済が思わしくない。外交面でも対北関係は膠着(こうちゃく)したまま、米中対立の狭間で腰がふらついている。

 戦略的に見れば、自由民主主義、資本主義経済という「共通の価値」を持つ日本との協力関係を強固にしていくことが、地政学的に難しい位置に立つ韓国の命綱になる。

 菅義偉新政権誕生を機に、日韓関係を改善に向かわせたいとの熱望が韓国の朝野に漂っている。しかしそれを出すと「親日」「土着倭寇」と誹られる。自縄自縛だ。自分から言い出すとメンツが潰(つぶ)れる。日本の政権交代は願ってもない機会だ。ところが、菅首相は「安倍政治を継承する」と言っている。もちろん、いずれは菅色を出して来ようが、まずはその時ではない。

 だから韓国は性急な関係改善を期待してはならない。日本の「嫌韓」「反韓」の雰囲気は政権が変ったところで、すぐに変わるわけではない。それに嫌韓・反韓は韓国自身が育てたものだ。それまで韓国に対してニュートラルだった日本人までもマイナスに押しやるのに一役を担ったのは文在寅政権である。すぐに関係改善を期待されても、日本側で心理的手順が進んでいない。

 「小渕・金大中宣言」は日韓外交史のハイライトであることは間違いない。しかし、あれができた時代背景と日韓両国民の感情は今日とは全く違う。1998年には戻れないことを忘れてはならない。

 また、一方的期待は危険でもある。すぐに変化が見られなければ、期待は簡単に失望に変わる。その反動が怖い。勝手に独り相撲を取ってもらっては困るのだ。日本ではいま日韓関係改善のプライオリティーは低い。

 それと最後に、どうして韓国メディアは他国、特に日本人を呼び捨てにするのだろうか。韓国では犯罪者にすら「氏」を付けて報じるのに、日本の首相は敬称なしなのだ。この習慣は韓国の「礼儀」が内側だけで成り立っていることを示す。あるいは、敬称を付ける価値もない日本人だと思っているのか。この疑問は韓国人記者に聞いても、彼ら自身も説明できず、謎のままだ。関係改善を求めるなら、せめて敬称をつけるのが礼儀だ。

(岩崎 哲)