進化する中国サイバースパイ

日本安全保障・危機管理学会 上席フェロー 新田 容子

世界に監視システム輸出
ドローンの飛行データ傍受も

新田 容子

日本安全保障・危機管理学会 上席フェロー
新田 容子

 中国の台頭は、サイバー分野の変化に等しい。世界最大のインターネットユーザー、経済拠点、軍事力や諜報(ちょうほう)機関の潜在能力をますます高めている。情報通信技術の利用、配備を念頭に攻撃的な攻めの外交政策を進めている。米大統領は5月半ば、サイバーエスピオナージが国家安全保障上のリスクをもたらしているとし、外国企業が製造した通信機器の購入、設置、使用を米国企業に対し禁止するという大統領令に署名した。これを受けて我が国を含め各国も措置の対象となる製品については取引を精査中だ。中国の技術優位性に歯止めをかけるもようだ。

啓蒙アプリで社会統制

 中国は現況、ファーウェイのスマートフォン製造危機による国家の面子(めんつ)を立て直そうともがく努力はしても、国家としてこのサイバー空間にかかる新しい技術を国内の社会統制および海外における反対勢力の抑制に対する手を緩める兆候は皆無だ。

 第一に中国当局は新たな情報通信技術を内外の情報統制、人的コントロールのツールとしての利用に乗り出した。中国共産党中央宣伝部はアリババと ’Study the Great Nation’ と呼ばれる啓蒙(けいもう)アプリを共同開発した。中国の国営メディアによると今年4月の時点でこのアプリのダウンロード数は1億を超えている。

 毛沢東語録の先端技術版ともされるこのアプリは勤務先の上司や学校の教師にダウンロードを強要され、自国の偉大なる指導者について学習しクイズに答える形で指導者への献身を示さなければならない。得点しなければ雇用主が従業員の給与を減額する報告もある。このアプリにアクセスするのに基本情報を含めた個人情報を党に渡す仕組みになっている。

 第二に中国の監視システムが内外で利用されている点だ。

 中国政府を非難しているトルコ語を話すウイグル人を標的にした顔認識システムや防犯カメラシステムなどの遠視監視技術の使用はよく知られている(米国当局によると推定80万から300万人ものイスラム教徒を収容)。中国はエクアドル、ジンバブエ、ウズベキスタン、パキスタン、アラブ首長国連邦など国民の監視を強化する国にもこの技術を輸出し始めた。

 ハイクビジョンは世界大手の中国監視システムメーカーの一つで、中国の治安機関は駅、道路などを監視するのに同社の交通情報カメラ、サーマルカメラなどを利用している。同社は世界中に3万4000人以上のグローバル従業員と何十もの部門を抱え、北京オリンピック、ブラジルワールドカップ、ミラノ・リナーテ空港にも製品を供給してきた。近年モントリオールに本部を置く北米の研究開発チームを築き、北米への拡大を試みているが同社も米国政府による使用承認が必要になった。

 中国は今後、従来の監視システムに人工知能、音声監視、遺伝子検査などの新技術を組み合わせ、監視ネットワークをより効果的なツールにするだろう。

 第三に米国土安全保障省は、世界大手のドローンメーカー、DJI(本社・中国の深圳)が機密のフライトデータを中国の製造業者に送っている可能性があり、そこに党がアクセスできると警告した点だ。近年、米国の法執行機関やインフラ事業者はドローンに依存する傾向がある(米国およびカナダが使用しているドローンの80%近くがDJIのもの)。ドローンは、位置データでタグ付けされたビデオデータを転送し情報を収集する。 WiFi搭載の無人機を飛行中のホットスポットとして使用し、保護されていないWiFiデータを傍受できる。中国が米国にサイバー攻撃する際にドローンをサイバーエスピオナージのツールとして使用可能だ。中国製のドローンを購入するのは安く、速く、手続きも簡易である点にも注視すべきだ。

国際秩序に重大な影響

 西側の政策策定者たちはこの課題に悪戦苦闘している。 中国は今や国際秩序、規範に重大な影響を与えつつあり、歴史、政治、文化の面から諜報体制、軍事力およびグローバルガバナンスへのアプローチを検証し、中国のサイバーパワーを見る必要がある。中国は新技術によるグローバルな接続のおかげで経済的利益を狙っており、グローバルコモンズへの投資に意欲を見せている。我が国は、極東・アジア太平洋地域にどのような脅威がもたらされるのか、対応シミュレーションの作成を迫られている。

(にった・ようこ)