タイ総選挙、民政復帰後に山積する課題


 クーデターによって発足した軍事政権が5年続いた後、ようやくタイで民政復帰に向けた総選挙(下院、定数500)が実施された。

 タクシン元首相派のタイ貢献党が第1党となったものの、他党を圧倒する往年の独走態勢とはならず、軍政を引き継ごうとする国民国家の力党が第2党となった。一方、伝統ある民主党は大きく失速した。

暫定首相の続投確実に

 軍事政権のプラユット暫定首相は、民政復帰後の首相に横滑りする意向を示していたことから、今回の総選挙はその是非が問われる格好となった。

 選挙管理委員会による正式な選挙結果の発表は、ワチラロンコン国王戴冠式後の5月9日まで待たないといけないが、第1党の座こそ逃したものの最多得票の親軍政党・国民国家の力党の躍進が目立った。これで元陸軍司令官だったプラユット氏の続投がほぼ確実となった。

 議席数でこそタイ貢献党が第1党かもしれないが、得票数は国民国家の力党の方が多いとなると、何の遠慮もなく連立工作に動ける。首班指名は今回から上院(定数250)と下院の全750人で行われる。上院議員全員を任命する軍をバックに持つプラユット氏は、250ものアドバンテージを持っているのと同じだ。

 国民国家の力党が単独もしくは他党と協力し下院で126議席を確保できれば、上院と合わせプラユット氏の首相選出が可能となる。ただ、予算案や法案の通過に必要な下院の過半数獲得に向けた連立工作は簡単ではない。

 軍政は「国民和解」を掲げつつ、タクシン派の復権阻止に注力してきた。タクシン派の活動を封じるためあらゆる政治活動を禁止するなど「力による平和」をつくり出してきたが、民政復帰後はそうはいかない。

 下院は、タクシン派などの反軍政派が過半数を占める可能性が残っており、政権と下院のねじれ現象も起きかねない。

 今回の総選挙で注目されるのは、都市部の若者に支持された新未来党が第3党に躍り出る勢いを持ち、東北部に強固な支持基盤を持つタイ誇り党が一定の得票数を得たことだ。タイ誇り党は軍政寄りかタクシン派かの立場を鮮明にしておらず、連立交渉の鍵を握る。

 タイでは長い間、農村や貧困層を支持基盤とするタクシン派と都市部エリート層などによる反タクシン派が激しく対立してきた。軍政下の5年間は、政治活動の禁止で表面上は落ち着きを取り戻したが、対立の根本原因である都市と農村の格差問題は手付かずのままだ。

 また軍政下で決まった新憲法など、民主的とは言えない制度の改革も今後の課題となる。連立協議がどう転ぶにせよ、軍をバックにした高圧的な政治手法は、新たな混乱の火種としかなり得ない。

中国の影響力強化を懸念

 民主化とは程遠い軍政の長期化で、欧米がタイ政府に制裁を科す中、中国が急接近し、中国製潜水艦の売却や高速鉄道敷設など安全保障やインフラ整備の面で楔を打ち込んでいる。中国の影響力強化が懸念される。