習近平終身国家主席の行く末

ペマ・ギャルポ拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ

絶対的権力は両刃の剣
一党独裁よりも脆い独裁者

 メディアでは中国の習近平が終身国家主席(大統領)になったというニュースを大々的に報道し、否定的に見ると同時に危険視している向きがある。このことについて私は少し前向きな表現をしたところ、ある日本人の先輩から「チベット人は甘いと」とお叱りを受けた。

 もちろん私は血縁的にはチベット人であって、今は日本国民である。そして国民としての自覚と責任を感じて行動しているつもりである。だが一方において運命的にチベット人として誕生し、チベットの悲劇的な状況に無関心ではいられない。

 なぜ私が習近平が終身国家主席になったことを歓迎するかというと、それには二つの理由がある。

 一つ目の理由はダライ・ラマ法王をはじめチベット社会には習近平の父親の習仲勲に対し好感を持つ人々が多く、その息子である習近平にも期待が大きかったことだ。中には習近平が本来柔軟な思想を持っていても自分の政策を遂行するほどの力が無いので、その力を持てるようになれば中国の政治改革を行うのではないかと期待を持っていた。

 もちろん習近平にしても習仲勲にしても私からすれば中国共産党の中で「良い人」というのは悪い人の中の比較としての「良い人」であって、恐らく日本人の先輩が解釈したような意味での「良い人」として期待したわけではない。

 いずれにしても、もし本当に法王はじめ習近平に期待する人々の思惑通りの人物であれば、彼は今回の終身国家主席の地位をも含め、絶大なる権力つまり強い剣を手にしたことになる。だがその剣は両刃の剣であることも事実である。従って彼がその剣を正義と中国の13億人の自由のために使うこともできるが、一つ間違えば彼自身の政治生命のみならず国を滅ぼすことになり得る。だから私は中国共産党の一党独裁よりも、一人の強権的独裁者の方が結果的には脆(もろ)いと信じている。

 二つ目は戦後だけでもインドネシア大統領のスカルノ、あるいは旧ユーゴスラビア大統領のチトーをはじめ、中東やアフリカ、中南米にも終身大統領が何人も現れたが、結果的には悲劇的な生涯を閉じるだけでなく、国の根幹を揺るがすことになった。もちろん3代も続いた北朝鮮の場合は例外である。だがその国情は悲惨で国民はあらゆる基本的な人権や自由を奪われ、国そのものが収容所と化している。

 つまり終身国家主席(大統領)になるということは、全てにおいて権限を持つと同時に責任も課される。だがそのような巨大な権力を掌握してしまうと正しい判断と行動ができなくなる。周囲は権力を恐れ、都合の良い情報しか上申せず、裸の王様となる権力者はまるで自分が神にでもなったような気分になり、国民が自分を愛し従うのは当たり前と勘違いをし始める。民意を把握できず民衆の心が離れ、いずれその不満が爆発し自ら国難を招き、そして放棄しなければならなくなる。

 習近平は既にそのような傾向を示している。読者の皆様はご存じだろうが共産党総書記、党と国家の軍事委員会のトップつまり最高司令官、国家主席に加え最も新しい肩書として彼は周囲から「菩薩」と祭り上げられたが、特に本人は嫌悪感を表していないようである。全人代に参加したチベット人に「菩薩」と言わせ、それを中国共産党の機関紙や政府系の新聞なども引用し、彼を神格化している。宗教を否定する共産主義者が神や仏の権威にすがるとは想像もできないが、人間は高い地位や強い権力を持っても精神的にはむしろ孤独感と恐怖感にさいなまれ、神にすがりたくなるという気持ちは習近平も例外ではないだろう。だが自ら神になるというのは失笑と同時に同情の念すら湧いてくる。

 中国が選んだチベット人の代表団による「菩薩」という称賛とは反対に、習近平支配下の中国共産党はチベットの宗教の自由に関してはますます弾圧を強めている。例えばかつてチベット仏教寺院に関しては民主管理委員会なるものを介し、間接的に共産党が干渉していたのが今年になって東チベットにおいては共産党員を直接送り込み、寺院内で共産党支部をつくり、寺院の運営管理を直接行う体制を取っている。これはお布施、つまりお金の管理と入門者の面接にまで党が干渉するということである。

 チベット仏教に対してだけでなく多国籍企業や外資系企業などにも共産党支部設置を押し付け始めている。まるで1960年代から70年代の文化大革命の再来とも思えるような出来事である。従って習近平の終身国家主席制の導入は、中国の本性がより鮮明になり、自由と民主主義を重んずる国々や人々との対立の焦点がより明確になるだろう。そして現体制に抵抗している人々や組織に対して、国際世論が応援しやすくなるに違いない。

 もちろん一人の人間が巨大な権限を持つことは、グループ指導で互いに足の引っ張り合いや牽制(けんせい)し合い、責任のなすり合いをする状況よりは、方向性を定め、達成するためには利点もあろう。中国だけでなく、ロシアもプーチン大統領の4選で政権が強化されることになる。日本も一日も早く、現在置かれている厳しい環境に対応すべく、政権の安定化と強化に目を向けるべきである。(敬称略)