国務長官交代と米外交・安保
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
強硬姿勢で政策統一へ
かじ取り迫られる国防長官
レックス・ティラーソン米国務長官は昨年後半から「歩く亡霊」といわれてきた。トランプ大統領と政策も人格的にも合わず、大統領に疎まれていたのは、誰の目にも明らかであった。
それにしてもトランプ大統領がティラーソン氏を解任したやり方はあまりにも残忍だった。エクソン・モービルという大石油会社の社長を務め、請われて国務長官として「安給料」で国に尽くした人物に対し、あらかじめ電話をするでもなく、ツイッターでくびを世界に伝えたのは、恥をかかせる意図が見え見えだった。確かにティラーソン氏は、優れた国務長官だったとは言えない。大統領の信任を得ていないということが明らかであったため、アメリカの外交政策を体現することはできなかった。世界の指導者や外交官は、同氏の言葉がアメリカ大統領の政策か否か判断しかねた。
また国務省という誇り高き伝統のある機関のトップとしてもふさわしかったとは言えない。ホワイトハウスとの確執があったのを考慮しても、各国の在外米国大使をはじめ主要ポストを埋められず、長年の経験や知識を蓄積してきたキャリアを重んじることもなく、自分のお抱えのスタッフだけを重用した。国務省は大統領による大幅な予算カットという打撃の上に、組織のトップがその組織や人材を尊重しないという事態に多くの専門家が職を去り、組織の士気はドン底といわれている。
ティラーソン氏は重要な役割も果たしてきた。マティス国防長官との協力関係を構築し、感情に走る大統領に国際協調や話し合いの道を示してきた。しかし、まさにそれが大統領の気に入らなかった。二人はイランの核開発停止合意、パリ地球温暖化協定、ロシア政策などあらゆる分野で見解が異なったが、北朝鮮もその一つだった。大統領が、北朝鮮はアメリカの「炎と怒り」を実感すると脅す中、ティラーソン国務長官はまだ話し合いの余地があると交渉を進めようとした。しかしトランプ大統領は、それを「時間を無駄にしている」とツイートで揶揄(やゆ)した。
これに対し、ポンペオ氏とは大統領と世界観が近いとされる。中央情報局(CIA)長官として毎朝大統領に機密情報のブリーフィングを届け、二人で話をする時間が長くなるに従い、大統領の信頼を得た。例えば大統領は、イラン核開発停止合意は「ひどいもの」と批判してきたが、ティラーソン氏とは違い「ポンペオは自分と同じ考え」と述べている。テロリスト尋問の仕方についてもポンペオ氏は大統領と同じく、水責めなど拷問とも見なされる手法を正攻法と認めている。
しかし、全ての政策において二人の見解が一致するわけではない。ポンペオ氏はロシアによる米大統領選挙不法介入を認め、厳しい姿勢を示してきたが、トランプ大統領はつい最近までそれを認めようとしなかった。ホワイトハウスは国務長官交代発表後に初めて介入を理由にロシアへの制裁を発表したが、大統領は介入を認めても、プーチン露大統領の責任を述べることはなく、プーチン大統領が4選すると国家安全保障担当者たちの反対も顧みず祝福の電話をした。
トランプ大統領はポンペオ氏に関し、「すごいエネルギー」「素晴らしい知性」「われわれ二人はいつも波長がぴったり合っている」と述べている。トランプ大統領は軍や軍人に対し畏敬の念を抱いているが、ポンペオ氏はウエストポイントをクラス一番で卒業し陸軍将校でもあった。ビジネスの経験もあり、また下院議員であったことから議会の仕組みや取引の在り方も良く心得ているとされる。
ポンペオ氏が何でも大統領の見解に従うということではないし、政策に至る思考過程ははるかに複雑であろう。大統領の感性や思い入れを汲(く)み、それらに反しないよう、それらをうまく利用し表現することにたけていると言える。しかしティラーソン氏よりはるかに強硬な姿勢を抱いているのは間違いない。
国務長官に続き、マクマスター国家安全保障担当補佐官(NSA)の交代も発表された。大統領は、学者軍人といわれるインテリで自制心の強いマクマスター氏に「まるで説教されている」のを嫌がったといわれている。後任のジョン・ボルトン氏は共和党内でも超タカ派、エネルギッシュに確固とした見解を押し通す。強引にでも混迷の中でも政策を進める力がある。台湾と近しく、中国に対しては非常に厳しい姿勢を取ることでも知られている。
ポンペオ氏が国務長官に、ボルトン氏がNSAに就任すれば、アメリカの外交はこれまでよりはるかに統一の取れたものとなり、アメリカの同盟国にとってもライバルにとってもアメリカの政策を理解しやすくなる。しかしアメリカの外交・安全保障政策がぐっとタカ派の傾向に傾き、協調や協力よりは同盟国にもアメリカの利に資することを迫る姿勢を強めるだろう。「大人たち」の中で残ったケリー首席補佐官の立場は弱いものであり、マティス国防長官が一人バランスの取れたかじ取りを迫られている。マティス長官は「今のところは」辞めないらしい。そんな不安の声が聞こえている。
(かせ・みき)