紫禁城の主としての習近平

浅野 和生平成国際大学教授 浅野 和生

「独裁」「人治」の国、中国
文化・思想も共産党の指導下

 北京を訪問したトランプ米大統領を歓待した習近平国家主席は、11月8日、紫禁城を我が物として案内し、清朝皇帝の宮殿で夕食を振る舞った。その映像は全世界に配信され、第19回共産党大会を終えた習近平国家主席が、今や、単に共産党の主(あるじ)であるばかりではなく、紫禁城の主でもあることを内外に知らしめた。

 日本のメディアは、この時の米中首脳の姿を「故宮貸し切り」と伝えたが、この言葉は甚だしく事実と異なっている。「貸し切り」という行為には、「貸し主」と「借り手」がいなければならないが、紫禁城を逍遥(しょうよう)する米中首脳は、いずれも「貸し主」でも「借り手」でもなかったからである。あるのはただ紫禁城を「我が物」とした主としての習近平と、その主人に歓待された客としてのトランプの姿だけである。習近平は誰からも紫禁城を借りる必要はなく、また、誰にも貸しはしない。見せびらかし、ひけらかしただけである。

 その姿から、「新時代の中国の特色ある社会主義」とはこういうことか、と理解したのは筆者だけではないだろう。

 10月18日、第19回中国共産党大会冒頭の政治報告で、習近平中国共産党総書記は「新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利の奪取」を語った。そして、「新時代の中国の特色ある社会主義思想」とは、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、江沢民の「三つの代表」の重要思想、胡錦濤の科学的発展観の堅持、弁証法的唯物論と史的唯物論の堅持等を、新時代の条件と実践上の要求に緊密に結合させて、全く新しい視野で共産党執政、社会主義建設、人類社会発展の法則への認識を深化させたものだと語った。これが習近平思想である。

 そして宗教に対しては、宗教の「中国化の方向」を堅持して、宗教を社会主義に適応させると明確に述べた。先述の通り、弁証法的唯物論と史的唯物論を堅持する共産党が指導する中国で、社会主義に適応させられた宗教は、固有の教義と心霊性が否定されるであろう。事物の本質を「モノ」=客観的実在に置く共産主義思想では、客観的存在証明が困難な「神」や「仏」や「人の魂」について、その固有の価値と尊厳性を認めることはないからである。

 しかし、習近平が、鄧小平や江沢民、胡錦濤にも言及したところをみれば、工業化を成し遂げ、国際市場に大きな力を持つようになった中国を、毛沢東的な「自力更生」の農業閉鎖社会に押し戻す気がないことも明らかである。

 また習近平は、政治報告で「民主法治」の建設を謳(うた)ったが、その民主は「社会主義民主」であり、法治も「中国の特色ある社会主義法治」だと言っている。国家指導者が替われば憲法が変わる人治の国、中国でその人治の中心人物が「法治」を語るのは笑止千万であるが、「法治」も「中国の特色ある」と「社会主義」の冠を被(かぶ)せれば、習近平の思うままにできるのであろう。それはつまり、中国では何から何まで、我々のような自由・民主主義諸国とは異質であって、個人の尊厳や基本的人権を基礎付けるのが「民主」や「法治」だとすれば、およそ「独裁」と「人治」に外ならないであろう。

 事実、習近平は政治報告の中で、中国共産党はイデオロギーの指導を強化し、マルクス主義の指導的地位をさらに明らかにすると述べ、「インターネットの管理を完全なものとする」とも述べている。スポーツや文化の発展も、「ソフトパワーと中華文化の影響力の大幅な向上を図り、共産党と社会全体の思想上の団結と統一をさらに強固にするもの」である。つまり、文化も思想も、全てが共産党の指導下に置かれるのであって、「共産党と思想上の団結と統一をさらに強固に」するならば、共産主義以外の思想や、個性豊かな各自の主張に立脚する言動は、即座に否定されるであろう。

 そして紫禁城の米中首脳の姿は、「新しい中国の特色」のもう一つの側面を示している。すなわち紫禁城とそこに納められた金銀玉器こそは、封建的専制と労働者の搾取の結晶であり、本来は中国共産党が憎むべき記念品であって、外国貴賓に誇るべき事物ではないのである。だからオバマ米大統領が故宮を見学した時、胡錦濤は帯同して紹介したりはしなかったし、故宮で夕食会を主催することもなかった。

 しかし、習近平は、臆することなく紫禁城の主として振る舞ってみせたのである。

 「全く新しい視野で共産党執政、社会主義建設、人類社会発展の法則への認識を深化させた」習近平思想においては、革命の前衛のその指導者たるべき共産党の総書記が、かつて打倒すべき対象であった皇帝の位置に昇ることを否定せず、人民は誇りをもってこれを讃(たた)えるべきなのであろう。

 当然、中国共産党に指導される中国の今後は、習近平思想に基づく、中国共産党の一党独裁の下にある。そして、中国共産党の指導者たる習近平は、今や皇帝に類する権威と権力を身に着けたことを、紫禁城の米中首脳の映像により世界に示したのである。

(あさの・かずお)