解放軍掌握急いだ習主席

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

将軍の汚職摘発、若手抜擢
習人脈優遇で士気に影響も

 習近平主席への権力集中と礼賛が進む中で、18日からの中国共産党第19回党大会で2期目習近平政権が発足する。しかしこれまでの習政権のメディア規制や人権活動への圧力などは逆に統治の自信のなさの表れでもあり、党大会での習近平思想や党主席制などの扱いが注目される。「核心論」など習主席集権の進展は、これまでの反腐敗運動の成果とともに解放軍を掌握できたことが大きい。

 特に強大な武装集団を共産党が掌握することに革命後世代の指導者は難渋してきたが、習主席はなぜ軍権掌握ができたのか、本稿では習主席の軍統帥に焦点を当てて考察してみたい。

  習主席は太子党出自から軍への親和性があり、また地方勤務時代も国防動員などの分野で軍部と関わってきた有利さがあるだけでなく反腐敗闘争で軍上層部にメスを入れ、それをテコに軍事改革や人事異動を敢行するなどアメとムチによって軍部の掌握を進めてきた。実際、軍内の汚職退治の前は、長い戦争のない時代を経て軍内には特権化や官僚化が進み、昇任やポストの売買という悪弊が蔓延(まんえん)していた。

 軍人の汚職摘発の皮切りとして莫大(ばくだい)な資金運用を司(つかさど)る総後勤部の副部長・谷俊山中将をやり玉に挙げ、それを突破口に制服軍人のトップの座にあった中央軍委副主席の郭伯雄や徐才厚両大将を処断することができた。最高位の将軍の汚職摘発をテコにして軍自らの身を切る軍事改革への軍内抵抗を封じながら軍組織を改革し、それに伴う人事異動で党に忠誠を誓う新たな将軍たちを抜擢(ばってき)して軍内に信頼できる人脈を築いてきた。

 習主席主導の軍事改革は、本欄既報のように軍事改革のポイントは党軍関係における党優位の確立と真に戦える統合部隊の建設にあり、一昨年暮れから2カ月の間に3段階にわたる組織編成の改革に大鉈(おおなた)が振るわれた。

 軍事改革の狙いは第1に圧倒的大勢力の解放軍(陸軍)の力を抑えることで、これまで陸軍は建国の功労者であり、全国に分屯して睨(にら)みを利かせる共産党政権を支える柱石の役割を果たしてきた。その中核は強大で地方権力と癒着する政治性の強い軍区制度で、具体的には七つの大軍区が五つの戦区(作戦部隊)に改編された。また新時代の戦争で統合作戦に適応できるように海・空軍を強化することで陸軍の地位を相対的に抑制してきた。

 第2は軍部の機能を軍政と軍令に分割することで、陸軍司令部を新設して全陸軍を統括させるとともに海空およびロケット各軍司令部と横並び同列とし、これら軍種司令部には人事権を含む軍隊建設に任じさせ、作戦運用などの指揮権は戦区司令官に担任させることで建軍責任と指揮運用の権限を分割した。

 第3は軍の統帥権を握る中央軍事委員会の下でその事務局的な機能を担ってこれまで強大な権限を握ってきた4総部(総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部)を15の組織に細分化する解体的な改編で既得権限を分散させて党が軍を指揮する原則を進めやすくした。

 これら改編に伴う将軍人事を分析すると、昨春段階の人事異動では将軍達の反発を回避するように有力将軍の退職を最小限にしていた。例えば大将ポストである軍区司令官の7人の大将は1人を陸軍司令官に引き上げ、1人を聯合参謀部の副参謀長に、4人は新編の戦区司令官に横滑りさせるなどメンツを立てながら丁重に配置換えをしていた。

 その上、党大会の開催が迫る9月にも、中央軍事委員を占める最高位にあった前統合参謀長の房峰輝大将、政治工作部主任の張陽大将も審査対象とされ、党大会代表メンバー名簿から外されており、失脚の可能性がある。さらに大将クラスの汚職嫌疑では統合参謀部副参謀長牛志忠など大将級、蘭州軍区の副政治委范長秘などの中将級を含む50人の将軍が対象とされていた(『明報專訊』9・22)。これらが事実だとすれば230万の大軍事力の最上位に立つ35人の大将のうち7人(20%)もの汚職軍人が出たことになり、軍規の乱れと反汚職闘争の苛烈(かれつ)さが窺(うかが)われる。

 同時に軍中枢ポストへの抜擢も進められており、軍隊建設を主務とし、人事権を握る各軍種司令官などの総入れ替えが完成している。いずれも習主席が福建・浙江省時代に同地域で苦楽を共にした将軍たちで、陸軍司令官に韓衛国大将(昨2月1日に中部戦区司令官に抜擢されたばかり)、海軍司令官に沈金龍中将(前南海艦隊司令)、空軍司令官に丁来杭中将(前北部戦区空軍司令)に加えてロケット軍司令官に周亞寧中將(副司令から)と総入れ替えされている。それも旧南京軍区の将軍たちで、陸軍を除く各軍種司令官は中将のままで最高位の大将職に就く抜擢ぶりである。

 見てきたように短期間での急がれた大規模な軍人事は、処断された郭伯雄・徐才厚大将による買官汚職の悪弊の除去であると同時に習主席人脈を優遇する強権的な人事異動の側面もあり、一連の将軍人事に不自然さの印象は否めない。これら人事による今後の軍内秩序や軍人の士気・団結など形而上戦力への後遺症が懸念される。また軍事改革で党優位の狙いは達成できたものの、情報化戦争での統合作戦に勝利するというもう一つの軍事改革は今後どのように進められるのか、強引な将軍人事で軍内融和や協調とは程遠い雰囲気の中で統合軍化や30万兵力削減の推進に及ぼす影響など、注目点は尽きない。

(かやはら・いくお)