アジア海域で軍拡の動き

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

米は航行の自由作戦再開
日本は友好国糾合し参加を

 オバマ米政権下の2015年10月ミサイル駆逐艦ラッセンの出動をもって再開され、16年10月まで3回繰り返されたアメリカの航行の自由作戦(FONOP)は新政権の誕生期を含めて7カ月鳴りを潜めていたが、17年ミサイル駆逐艦デューイのミスチーフ礁への出動をもってトランプ政権下の最初の航行の自由作戦を再開した。ミスチーフ礁は南シナ海のスプラトリー諸島の中で中国が大型滑走路や格納庫を完成させ、何時でも作戦機や地対空ミサイルを配備できる状態にある。

 第2次世界大戦以降アメリカは、自らが公海と認めても他国が自国海域と主張する海域では単独で「航行の自由作戦」を遂行してきている。例えば南シナ海では、中国の領土・領海主張にもかかわらず公海と見なして、これまで「航行の自由作戦」を遂行している。なお中国は、南シナ海領域の約90%を自国領土と見なし、この主張に、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムおよび台湾が抵抗している。この地域をおよそ年間50兆ドルを超える商品を積んだ船舶が航行している。これに加え、この地域の海底には高価な海底資源の存在が推定されている。この地域を公海と見なすか、あるいは一国の領海と見なすか、その帰結は重大である。

 従って、日本は、可能な限り他の自由主義諸国(例えば、インド、オーストラリア、ニュージーランドおよび状況によっては台湾も?)を糾合してこの作戦に参加することが必要ではなかろうか。

 中国とインドは、その海軍力を急速に強化しつつあり、軍艦や潜水艦を大量に購入もしくは生産し始めている。これに触発された他のアジア諸国も同様の動きを始めている。シンガポール国防相の推定によれば、20年までにアジアの軍事支出は23%上昇し、30年までにアジア諸国保有の軍艦や潜水艦が800隻増大し、20年までにアジア諸国の海軍支出が60%上昇する。

 しかも傾向としてはステルス機能を備えた高価な軍艦や潜水艦の購入が取り沙汰されている。この傾向の背景にはアジア海域における物流の増大があり、しかも物流の90%以上が海運によって担われている事実が示されている。

 このような現状に鑑みて中国は自国の海岸から湾岸地域までの海路を自国のために開くばかりか、力によってこの全地域の支配を試みている現状がある。つまり中国は、南シナ海の約90%を自国領域と宣言し諸礁を埋め立て、軍事基地化している。他の東南アジア諸国、インド、オーストラリアおよびニュージーランド等は、その経済力に応じて軍事力、とりわけ海軍力を強化しつつある。

 欧州のコンサルティング会社ドュロワットの結論によれば、「アジア・インド洋地域最大の経済規模を誇る中国は、その経済力を円滑な海路に依存しており、しかもその海路の円滑化を自らの海軍力の支配によって達成しようと試みている。この行動が他の諸国の政治的反応を呼び覚まし、アジアの軍拡の呼び水となっている」。

 ロンドンにあるキングス・カレッジの国際政治学者ハーシュ・V・パント教授は、「中国とインドの海軍力の競争は先鋭化されよう。なぜなら、両国の海軍は自己の海岸からはるかに離れた地域でも作戦を遂行しているから」と懸念を表明している。

 アジア海域の軍拡の受益者は、なかんずく欧州、とりわけドイツで、具体的にはテュッセン・クルップ・マリン・システムズ(TKMS)である。例えば、シンガポールは、本年5月には、さらに218SGタイプの2000トン潜水艦2隻をTKMSに追加発注した。この契約内容には乗組員のドイツでの訓練も含まれている。なお、この潜水艦にはディーゼル・エレクトリック・エンジンが搭載される予定なので、ジーメンス社も参加し、先行発注の2隻の建造が既に開始されている。

 アジア太平洋海域では昨年200隻の潜水艦が活動している。シンガポール国防相の推定では25年には、この数が250隻となる予定である。

 中国は本年タイから3隻の潜水艦を受注し、しかも自国用に30隻の潜水艦の建造を予定している。

 TKMSは、昨年予定していたオーストラリアからの潜水艦大量受注をフランスに持って行かれたが、韓国から18隻の潜水艦を受注し、さらにインドから6隻以上の大量受注を予定している。

 ジョコ・ウィドド・インドネシア大統領は、14年大統領就任に際して、インドネシアが再び海洋大国となることを約束した。同国漁業相は毎月インドネシア海域で密漁を行う外国船を捕獲し乗組員を下船させた後、これを爆破している。

 インドネシアの13年の防衛費(ストックホルム国際平和研究所=SIPRI=調べ)は、80億ドルであった。比較のために周辺諸国の防衛費を挙げるならば、中国1880億ドル、日本486億ドル、インド474億ドル、韓国339億ドル、オーストラリア240億ドルとなっている。

 結論として、アジア海域の平和のために日本がパートナーと見なす諸国と協力して抑止力を高める方法は少なくない。例えば、アジア地域のインフラ支援、防衛技術支援、原発技術支援、南シナ海での航行の自由作戦および軍事演習への積極的参加等が挙げられよう。

(こばやし・ひろあき)