モンゴル帝国の復活狙う習政権

日印強化で中国牽制を

拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ氏に聞く

 ペマ・ギャルポ氏のiPADには世界中の知人・研究者から毎日、約100通のメールが届く。どれも現地からのリポートだから臨場感がある。そうした情報などから世界の潮流を知るペマ氏にとって、日本の致命的欠陥は「木を見て森を見ず」だという。またペマ氏は、習近平中国国家主席が唱える「中国の夢」とはモンゴル帝国の復活を意味し、日印関係強化で中国を牽制(けんせい)する必要性を強調する。拓殖大学国際日本文化研究所教授のペマ氏に聞いた。
(聞き手=池永達夫)

懸念される比のスリランカ化

北京で開催された5月の一帯一路会議にインドは参加しなかったが、最大の理由は何か。

ペマ・ギャルポ

 ペマ・ギャルポ 1953年6月18日、チベット生まれ。亜細亜大学法学部卒業。日本に帰化。モンゴル国立大学政治学博士。専門は、国際関係論、国際政治学。チベット文化研究所名誉所長。桐蔭横浜大学法学部教授を経て拓殖大学国際日本文化研究所教授。

 カシミール問題だ。中国はパキスタンと提携して新疆ウイグル自治区のカシュガルとパキスタン西部のイラン国境に近いグアダルまで結ぶ道路や鉄道建設などカラコルム・プロジェクトを稼働させている。このプロジェクトでは、主権がまだはっきりしていないカシミールを通過する。

 中国がカラコルム・プロジェクトに投入する予算は5兆円。それだけの巨額費用を投入する最大の目的はマラッカ・リスク回避にある。

 マラッカ・リスクとは南シナ海とインド洋を結ぶマラッカ海峡が、有事の際、米軍が敵性国家の船舶通過を拒否する懸念があることを指す。そのため中東やアフリカからの石油や天然ガスなどの資源を中国に運ぶバイパスが必要との戦略的判断から、中国はミャンマーのアンダマン海に接したチャオピュー港から中国雲南省の昆明まで石油と天然ガスのパイプラインを建設し、既に稼働している。さらに中国西部とパキスタンを結びインド洋までの出口を確保しようというのだ。結局、これがあればアフリカや中東との貿易回廊が維持できるし、兵員や武器の移動も可能になる。

一帯一路は中国がユーラシア大陸の東西を陸路海路で結ぼうという壮大な構想だが、中国は何を目指しているのか。

 習近平国家主席が言う「中国の夢」というのは、かつてのモンゴル帝国の復活を意味する。

モデルは清ではなく元?

 清は弱かったし小さかった。

領土的には清は大きかったのでは?

 朝貢だけだ。清と元の違いは、朝貢と実質的支配の違いだ。

 元は欧州のハンガリーまで侵略して支配した。

インドのモディ首相がイスラエルを訪問した。

 最大の目的は、武器購入だった。話は少し昔に戻るが、今回のイスラエル訪問の迎え水の役目を果たしたのは、クリントン米大統領のインド訪問だ。米印関係が修復されたから、インドにイスラエルの武器が入るようになったからだ。

インドは世界最大の武器輸入国だ。空母も4隻体制に入る。

 先月20日のモディ首相訪米で、トランプ大統領と会談し、航空機と軍用ドローン20機を購入した。

 米国の武器を購入して、米軍の下士官がインドの下士官に教えていることを新聞で出した。これを見て、僕はインドは長期政策としてやる方針だと感じた。

 インドが懸念しているのは、米国が一度出したものを途中でやめることだ。だからインドは慎重で、徐々にやる方針だ。それでインドはロシアからの武器輸入をストップするようなことはしない。ソ連製ライセンスがあったりするが、輸入武器の4割はロシアからのものだ。残りの6割が米英仏にイスラエルだ。

 ただ、インドは自国で武器生産できるようにしたいと思っている。米国の軍事産業もインドに拠点をつくった。

 インドは今月、外国の直接投資に関する新しい法律を発表した。それによると武器産業にも外国企業が参加できる。ただし外資は49%までとなる。

モディ首相のイスラエル訪問は、衝撃的だった。

 インドはヒンズー教徒が多数派を占めるものの、国内に1億7000万人のイスラム教徒を抱えインドネシアに次ぐ世界第2位のイスラム大国でもある。そのため、今までインドはイスラム対ヒンズーの対立を構図を避けるため、中東のイスラムの国々と仲良くしてきた経緯がある。その歴史からすると、衝撃的外交だった。

 ただ、インドはパキスタンを孤立させることができれば、イスラム対ヒンズーの対立構造にはならないと確信している。

 米国は政策変更で、パキスタンより明確にインド外交を優先するようになった。ただし、インドは独立以来、特定の国と同盟を結ばず非同盟を貫いている。同盟を結んで自分の手足を縛るようなことはせず、地政学や世界情勢を見ながらインドの国益に合わせて動くようにしている。

モディ首相は2015年と今年5月と2度、スリランカを訪問している。

 スリランカに進出する中国を牽制するためだ。スリランカ前大統領のラジャパクサ氏は、本当は中国が好きなわけじゃなく当初、日本を訪問した。当時の首相に前大統領は「スリランカが発展するためには安定が必要。そのためにゲリラを鎮圧しなくてはならない。そのための資金を貸してくれ」と迫った。

 当時の首相は、金は貸すがタミル・イーラム解放の虎(LTTE)との対話を条件とした。これでラジャパクサ前大統領は怒って帰った。それで弟を中国に行かせた。中国は待ってましたとばかりに武器を与え、ラジャパクサ前大統領はLTTE鎮圧に成功した経緯がある。

 その中国は、フィリピンで同じことをやろうとしている。ミンナダオのイスラム反政府組織モロ・イスラム解放戦線(MILF)など、スリランカのLTTEと同じ立場だ。

 僕から見ると日本というのはミクロはよくやっていると思う。技術もあるし細かいデータをいっぱい持っている。しかし、マクロが問題だ。中国の先々の目的は何であるのか、それを知った上で日本が打つべき手立てが鮮明になる。

 何も中国と戦争する必要はない。しかし、戦争をしたくなかったら逆に牽制しないといけない。牽制するためには、日印がしっかりと手を結ぶ必要がある。

 南アジアと東南アジア、太平洋とインド洋を確実に守ることを大事だ。