トランプ外交とアジア安全保障、中国主導で南北統一の恐れ

インタビューfocus

トランプ外交とアジア安全保障
拓殖大学海外事情研究所所長・川上高司氏に聞く(上)

 トランプ米政権の対外政策はアジア太平洋地域の秩序をどう変えようとしているのか。日本は「トランプ時代」をどう生き抜くべきなのか。日米関係や米国の外交・安全保障政策に詳しい拓殖大学海外事情研究所所長の川上高司氏に聞いた。(聞き手=編集委員・早川俊行)

トランプ政権の外交政策をどう見る。

川上高司氏

 かわかみ・たかし氏 1955年生まれ。大阪大学で博士号取得(国際公共政策)。米フレッチャースクール外交政策分析研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学教授などを経て、2005年から拓殖大学教授。13年から同大海外事情研究所所長。

 オバマ政権には外交政策の方向性を指し示す青写真があったが、トランプ政権にはそれがない。

 例えば、米国の対中国政策は冷戦後、経済的には関与、軍事的にはヘッジ(予防)し、中国を国際法を守る「責任あるステークホルダー(利害関係国)」にするという方程式があった。それがクリントン政権からオバマ政権まで続いてきた。ところが、トランプ政権の場合、同じ方程式がないため解答がなく、その時に決める。

 行き当たりばったりで判断する外交を本当に外交政策と呼べるのか。中東政策も同じだ。

北朝鮮政策はどうか。

 トランプ氏にとって、主目的はあくまで中国とディール(取引)をすることであり、北朝鮮はその従属変数だ。中国に米国製品を買わせ、米国に投資させるなど経済的利益を得ることがトランプ氏の優先事項だ。中国とのディールが進むかどうかでトランプ政権の北朝鮮政策が決まると私は見ている。

 北朝鮮が米本土に届く核弾頭付きの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発するまで、あと2~3年と言われていたが、半年から1年程度に早まるかもしれない。中距離核弾頭ミサイルを船に積めば、今でも米本土を攻撃できる。そう考えると、米国が北朝鮮を先制攻撃する選択肢はまだあるものの、その可能性はかなり薄れてきている。

 北朝鮮に核を放棄させるのはどう考えても無理だ。ただ、北朝鮮が10発程度の最小限核抑止力を持ったとしても、米国にとっては深刻な脅威ではない。となると、米国は中国と協議し、中国がディールに応じるならば、核を保有した北朝鮮を認め、米中が北朝鮮を共同管理しようという話に発展すると考えられる。

 つまり、北朝鮮情勢は米中の相関関係次第だ。トランプ外交はディールに焦点を置いているため、本当に読めない。その迷惑を一番被るのは日本だ。

韓国で左派の文在寅政権が誕生した。

 文大統領の考え方は盧武鉉元大統領と一緒で、北朝鮮との対話を推し進める可能性が高い。それを見据えて、北朝鮮も平和攻勢を積極的に仕掛けるだろう。両者のベクトルは一致しているので、南北統一の流れが一気に強まるのではないか。

具体的にどのような展開が考えられるか。

 米中が取引して、核付きの北朝鮮を認める。米朝が国交を回復する。それを待っていましたとばかりに韓国が北朝鮮に接近して南北対話が進む。そこで統一の話が一気に進む。中国もそれを強力に後押しする。

 最悪のシナリオは、中国の影響力の下で核を持った反日統一朝鮮が生まれることだ。休戦協定がなくなるので、国連軍は38度線からいなくなり、在韓米軍も米中のディールによって撤退する。そんな朝鮮半島が一気に出現する可能性がある。これこそ日本にとって最大の危機だ。

南シナ海・尖閣も取引材料に

最悪のシナリオを回避するには。

 トランプ政権が北朝鮮に先制攻撃することだが、その場合、北朝鮮から日本にミサイルが飛んできて、難民がなだれ込み、経済的ダメージも及ぶ。これは短期的な危機だ。だが、核を持った巨大な反日国家が突如朝鮮半島に現れる中長期的な危機の方が、日本にとってははるかに深刻だろう。

 オバマ政権が「戦略的忍耐」の下で何もしなかったことが一番の問題だが、それ以前にクリントン政権が先制攻撃をやるべきだった。北朝鮮が核を持っていなかったあの時ならできた。今はできるかどうか分からない。

トランプ氏が目指す中国とのディールは、経済的側面だけでなく北朝鮮や南シナ海など地域の安全保障問題を含んだパッケージということか。

 そうだ。パッケージディールだ。トランプ政権は南シナ海についても、中国と水面下でディールをしているかもしれない。国防総省は南シナ海での航行の自由作戦を強く求めているが、まだ2回しか行われていない。中国が北朝鮮問題で協力するから、南シナ海では控えめにしろと、トランプ氏が指示を出している可能性がある。

 中国が米国に数兆円規模の巨額の投資をする代わりに、南シナ海や尖閣諸島周辺での活動を認めてくれと言ってきたらどうなるか。トランプ氏なら本当に応じてしまう恐れがあり、非常に危険だ。

トランプ政権の外交・安保政策は、マティス国防長官ら中国の軍事的拡張に警戒感を持つ軍関係者が主導権を握っている。その状況で米中が接近し、中国に南シナ海などを譲るというシナリオは起こり得るのか。

 トランプ氏と国防総省の間には、考え方に大きな乖離(かいり)があると思う。米軍は南シナ海で中国軍が先に仕掛けてきたら、待っていましたとばかりに人工島に築いた軍事基地を吹き飛ばしたいと考えているはずだ。北朝鮮問題も軍事的に解決したいというのが米軍の本音だと思う。

 だが、トランプ氏は中国とのディールを優先し、軍にストップをかけていると思われる。