内憂外患の中国指導部
トランプ氏、強硬姿勢へ
経済低迷・格差拡大で党不信
12月2日に、米次期大統領トランプ氏が台湾総統の蔡英文氏と電話会談をしたとのニュースが駆け巡った。米国が中国と国交樹立し、台湾と断交後67年ぶりのトップ指導者による米台政治的対話であった。会談では米台間で緊密な経済、政治、安保上のつながりがあることを確認したが、その際、トランプ氏は蔡氏を「台湾総統」とまで呼び、中国に冷や水を浴びせた。
政権移行チームによるトランプ政権の人事が進む中で、トランプ氏が次々に発信する言動は選挙期間も含めて、世界を困惑させ翻弄(ほんろう)している。実際、中国に対しても選挙期間中には「中国のWTO(世界貿易機関)加盟で米企業7万社が潰(つぶ)れた」「中国の鉄鋼や衣類の不当廉売には45%の関税を課す」「中国の為替操作には敢然と立ち向かう」「中国が対米脅迫できないよう米国債の保有分を減らす」などの厳しい発言をしてきた。
それでも習近平主席はトランプ氏との電話会談で「米中両国は最大の発展途上国と最大の先進国で、両経済大国の協力が必要」との発言に対してトランプ氏から、「中国は偉大で重要な国、中国の発展は素晴らしい」など対中融和を期待させるような発言を得て一定の安心感を得ていた。
また中国がトランプ当選に警戒感を強めないのには、それなりの思惑があるようだ。第1は、先に見たように中国に対する厳しい挑発はあるものの、これまで中国を脅かしてきた日米安保同盟など同盟国にも負担増を求めるなどで、米国を中軸とする同盟関係が弱体化するとみて中国にとって相対的に有利な事態を期待している。
第2にオバマ政権が展開してきた太平洋リバランス戦略や環太平洋連携協定(TPP)を対中包囲網とみてきた中国には、トランプ氏のTPPからの脱退の強調などは対中攻勢の緩和と映っている。さらにTPPの否定で相対的にアジア太平洋地域の関係国が東アジア地域包括的経済連携(RCEP)へと傾斜してくれば中国は指導性を発揮できることになる。
第3に、前項に関連してトランプ氏の多国間協定への反対は2国間取引による協定重視につながり、商取引に長(た)ける実績を持つトランプ氏との取り組みは、これまで中国が南シナ海問題などで常に2国間協議を強調してきたように中国の外交手法と似ており、取引外交で歩調を合わせやすい。
このように中国のトランプ氏への評価は、ヒラリー・クリントン氏と比べ相対的に、不利な点が少なく対中好転の期待が持てるとの見方から楽観論もある。実際、選挙前の11月初めに筆者は北京を訪れ、中国外交部や日中関係史学会、民間のシンクタンクとの意見交換をしてきたが、そこでも退役少将が「トランプは反体制派」と警戒感を示したものの、総じて選挙結果が出るまでは様子見の姿勢で熱い論議にはならなかった。
しかし当選後のトランプ氏は、自らのツイッターに「中国の南シナ海の横暴を許さない」との書き込みをし、「中国は一つ」にも疑念を表明してきた。先の米台のトップ電話会談なども合わせて、トランプ新政権の周到な準備の上の対中強硬姿勢のシグナル(読売新聞12・7)だとすれば、中国は核心的利益とする重要な2正面で挑戦を受けることとなる。さらに新米国務長官人事などから米露関係の好転が予測される中で、中米露関係の流動化を含めた新たな外患対応に苦慮することとなろう。
翻って2016年は、米大統領選でのトランプ勝利の他に台湾の民進党総統の選出、北朝鮮の核・ミサイル実験、南シナ海問題へのハーグ仲裁裁判、韓国大統領の弾劾など予期せざる衝撃的な事案が続発した激変の年であった。総じてこれまで推進されてきたグローバル化の進展や経済格差の拡大が進む中で、現状打破を求める勢いが不測事態の誘因になっており、中国もその潮流に巻き込まれることもあろう。加えて中国は経済成長の低迷、貧富の格差、共産党執政への不信など不安定要因による内憂が強まり、中国指導部はまさに内憂外患に遭遇することになる。
これらに対応すべく中国では習主席への権力集中という形で統治基盤の強化が図られている。これまで習主席は反腐敗闘争を進めることで求心力を強めてきたが、さらに前党大会で党、国家、軍の三権の掌握以降も改革深化、国防・軍事改革などの中央領導小組長の座に就き、さらに国家安全委員会主席、統合作戦指揮センター総指揮など、全部で史上最多11個の権力ポストを握ってきた。そして先の第6回中央委員会全体会議で党指導部内における「核心」に位置付けられ、指導力を強化できた。
半面、中国は米新大統領の対中戦略が厳しくなる予感の上に中国は国内外に山積する課題を抱え不安定要因に喘(あえ)いでいる。その中国外交は、アジア・太平洋地域の安定と発展に大きな影響を及ぼす米中関係が相互に不確実性と不安定性を内在させる中で、どのように展開されるのか、注目される。またトランプ氏の「強い米国をつくる」の主張は、習主席の「偉大な中華の復興」と同じ主旨であり、米中両国の取引外交が進展する可能性もあり、米中関係の推移は17年の最大の目玉となろう。わが国も変革の時代に、米中両大国の狭間に埋没することなく、日本の平和と繁栄を確保するために日米同盟の強化や対中国・対ロシア外交の進展でどれだけ在感を示すことができるか、舵(かじ)取りが問われている。
(かやはら・いくお)