どこへゆくEU離脱の英国
交渉難航、経済的損失も
選択迫られる在英日本企業
英国の欧州連合(EU)からの離脱(Brexit)は、日本では対岸の火事のように思われがちであり、本年6月23日の国民投票の際には、マスコミに大きく取り上げられたが、その後はあまり関心が払われていない。だが、この問題は英国にとってはもちろんのこと、欧州にとっても、また世界にとっても大変な出来事であり、日本にとっても大きな影響を及ぼしかねない。筆者はかつて在英大使館に在勤し、英国の欧州経済共同体(EEC=当時)加盟の動きをフォローしていただけに、四十数年後、EUからの離脱に直面することは感無量である。本稿では、英国と欧州との微妙な関係、EU離脱に至った背景、今後の成り行きなどについて考えてみたい。
英国の外交政策は伝統的に米国との特殊な関係、世界中に散らばる英連邦諸国との紐帯(ちゅうたい)、欧州大陸におけるバランス・オブ・パワーの維持、つまり欧州大陸で一カ国が支配的な地位を占めることを防ぐことの三つの柱からなっていた。英国は地理的には欧州の一部であるが、地政学的には欧州大陸とは一線を画する「大英帝国」との認識であった。
しかし時は移り、欧州は米ソの谷間に入り込み、起死回生を図るため、欧州の統合を求めるようになって、まずは経済面での統合が進められた。英国は当初、欧州統合に後ろ向きであったが、欧州統合は着実に進み、他方英国の方は経済的な「英国病」から脱却できず、かえって欧州大陸を必要とするようになった。英国の欧州共同体(EC)加盟は当時も国内政治上、反対が少なくなかったが、背に腹は代えられなかった。
その後、統合は着々と進み、発足当時6カ国であったECは次第に拡大し、冷戦終結後は東欧諸国も含み、加盟国は28カ国となった。加盟国の拡大とともに、質的な深化も進んでいった。当初は関税同盟と共通農業政策を軸としていたが、単一通貨ユーロの導入をはじめ、ヒト、モノ、資本およびサービスの四つの分野で移動が自由となった。欧州共同体は欧州連合となった。
しかし、英国は依然として半身の姿勢であった。ユーロにも参加せず、ヒトの域内移動を自由化するシェンゲン条約にも加わらず、我が道をゆくというようなところがあった。英国国内でEUに対する不満が次第に鬱積(うっせき)していったが、その理由として次のような3点が挙げられる。
一つはEUの力が大きくなり、英国の主権が狭められるとの懸念である。自国第一主義と反エスタブリッシュメントである。二つ目は域内のヒトの移動が自由になって、特に経済が貧しい東欧諸国からの移民が増え、英国人労働者の職が奪われることである。三つ目は経済のグローバル化によって、国内の所得格差が広がり、その不満のはけ口として、EUがスケープゴートにされたのである。
6月の国民投票は、このような不満を背景にして、EU離脱派が52%を占めた。離脱派は、①年齢が高い②大学教育を受けていない③エリート層への不信④外国人嫌い(ゼノフォビア)⑤懐古主義――などからなっているとみられ、米国の大統領選挙でのトランプ氏の勝利と似通っているところがある。
英国のメイ首相は、来年3月末までにEUに正式の離脱を通知し、離脱交渉を始めるとしている。交渉の最大の焦点は、移民問題と市場へのアクセスであり、英国としては移民の流入に歯止めをかけつつ、欧州市場へのつながりを確保しようと努めるだろうが、他方EU側は四つの自由は一体のものだと主張し、英国の主張は虫が良すぎるとみているようで、いずれにせよ、たいへんな交渉になるであろう。EU離脱は英国にとって、少なくとも経済的に大きなマイナスになりかねず、「Great Britain」から「Little England」になる恐れがある。
英国の離脱はEUにとって、欧州統合の動きに冷水を掛けるものであった。EU加盟国の中でも近年、自国第一主義的な動きが強まっており、英国離脱のドミノ現象までが起こるとは思われないが、そのような動きが政治的に影響を強める可能性がある。来年に予定されているドイツ、オランダの総選挙、フランスの大統領選挙などは極めて注視される。
最後に、日本にとってだが、英国には1500社近い日本企業が進出しており、今後の帰趨(きすう)は離脱交渉の結果によるところが大きいが、見通しは必ずしも楽観できない。また、離脱交渉が長引くと日本の企業は不安定な状況に置かれる。進出企業としては英国に残る企業、撤退する企業、本社機能を欧州大陸に移転するなどの選択を迫られよう。