海洋秩序乱す中国への対応
近年の中国による海洋での「力による現状変更」を図る行動は南シナ海に緊張をもたらし、ハーグの仲裁裁判所の裁定をめぐっては中国と国際社会との確執が続いている。中国は、仲裁裁定は「紙くず」とし、直後に「南シナ海白書」を出して134項目にわたる中国側の見解を強弁している。
そして中国は窮地に陥った南シナ海問題から目をそらそうと東シナ海のわが領海付近で挑戦的な行動を反復させ危機事態を生起させている。
現に8月5日以降、中国は大量に漁船とその護衛の名目で海警局の公船をわが尖閣海域に動員し、最大で400隻と15隻にまで増加させるとともに領海侵犯から接続水域進入までの狼藉を反復させており、日本政府はその都度中国に抗議を重ねている。
遡って東シナ海での中国の挑発は、まず6月9日に尖閣水域でフリゲート艦1隻が、我が方からの警告にもかかわらず、ロシア艦隊と接続水域内に侵入するという軍艦による初の事件を起こしていた。また6月15日には中国海軍のドンディアオ級情報収集艦が鹿児島県・口永良部島西で領海侵入するなどわが近海での挑戦的な行動は警察権レベルから軍事力を伴う行動に拡大していた。
これらの行動は偶発的というよりは先の仲裁裁定後の国際的な批判の目を南シナ海から東シナ海に転ずるとともに「法の支配」を強調する日本外交への反発・示威だとみることができる。また中国では北戴河避暑地でのトップ要人による政治対話の季節を迎えているが、来年の党大会を控えて権力抗争激化の中で、習近平主席が自らの権勢を誇示する危険な狙いも見え隠れする。さらにこれまで核心的利益と強弁してきた南シナ海問題裁定の完敗を受けていきり立つ6億人ネット人口の国内圧力を受けて、弱腰が許されず敢えて東シナ海で問題をたきつけた可能性も考えられる。
見てきたような事情や国内圧力に苦渋する中国を「法の支配」など正論だけで動かすことは難しい。当面中国の実効支配を断固拒絶する外交努力とともに東シナ海の現場で紛争に発火させないようヘッジすることが迫られている。近年急増した中国機へのスクランブル体制の強化など自衛隊の即応態勢の整備とともに突発事件の拡大防止のために継続中の日中間「海上連絡メカニズム」の取りまとめが急がれる。
これら対中ヘッジの一環として昨秋制定された平和安保法制がこれら事態に機能するのか、今次中国の挑発例をテストケースとして再検討する必要があるのではないか。中国の一連の暴挙はグレーゾーン様相のどこに位置付けられ、シームレスな対応のどの分野が適応できるのか、対応行動は法制上どこまで可能か、海上保安庁の警察権執行と海上警備行動との連携はどうなるのか、自衛隊の即応態勢に改善の余地はないか、日米安保体制で集団的自衛権行使の要件との関係、などの課題が想起される。その具体的な検討をへて法制上の盲点や不備が見つかれば第2次安保法制に着手する必要があり、このような対応姿勢こそが有効な対中牽制力になる。
また昨秋の平和安保法の制定過程における国民的な論議は抽象的な平和論や感情論が多かったが、今回の複雑で大規模な領海侵犯の事例を受けて現実問題にどう対応するか、具体的な事例研究と論議を深める契機としたいものである。そして国民的な論議を高めることもまた中国に対する最大の警告となるはずである。その際、留意すべき点は、ハーグ仲裁の結果に中国が孤立感や狼狽に近い焦燥感を抱き思慮の足りない悪あがきを反復している実態を正しく認識し、中国の挑発に乗ることなく現実を見つめて粛々と対策を検討することが中国には最も強い牽制となろう。
東シナ海事態はわが主権や国益に直結する問題であるが、同時に中国の海洋問題の根源は南シナ海にあり、仲裁裁定を無視しようとする中国への対応も重要であることも忘れてはなるまい。その点で海洋に関わる法や秩序を重視するように要求する抗議はアジア関係国だけでなく国際的な世論であることを強く知らせる関与政策も重要になる。その観点でわが国は大きな役割を果たしてきた。先の伊勢志摩サミットでは、安倍総理の主導で海洋をめぐる法秩序問題も先進7カ国(G7)の重要なテーマに採り上げてきた。そこで中国の南シナ海での「力による現状変更」に欧州首脳も懸念を高め、国際法や規範順守の重要性について明確なシグナルを発すべきとの認識で一致した。
また6月3日からシンガポールで開催された「アジア安保会議」でもG7での合意を踏まえて日米両国防相から中国に対する厳しい批判が展開された。このような国際社会が連携した中国への法・秩序重視への圧力は、世界貿易機関(WTO)加盟以来、国際的なルールや国際秩序の中で発展し、成功の果実を享受してきた中国にはボディーブローのように効くはずである。
東シナ海での危険な事態への対応は、現実的な防衛体制によるヘッジを強化するとともに今秋、中国主催の20カ国・地域(G20)首脳会議などを利用して、日中対決を超えたグローバルな視点で国際連帯による対中牽制を進めることで、東シナ海の安全と安定を追求することが肝要であろう。
(かやはら・いくお)