再浮上する南シナ海問題


茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

中国の埋め立て阻止を

「9段線」の根拠を追及せよ

 先の伊勢志摩サミットは世界経済への対応が中心テーマだったが、もう一つの主要テーマは海洋をめぐる対中懸念への対応だった。中国の海洋進出で緊張が高まる南シナ海について、中国の力による現状変更への危機感を踏まえて欧州首脳も南・東シナ海の現状に目を向け、討議した。

 先進7カ国(G7)は国際法や規範・原則の順守に明確なシグナルを発すべきとの認識で一致し、①国際法に基づく主張②力(武力・威嚇)を用いない③紛争の平和的解決-の三原則で合意し、「法の支配」順守を今後のG7のテーマとする議長声明が出された。これは東アジア海域での緊張激化に欧州の主要国が関心を高め、対中懸念の輪が広がる成果だった。

 中国は強く反発するとともにG7を金持ち倶楽部と揶揄し、秋に自ら主催するG20の重要性を強調した。その一方、スカボロー礁の新たな埋め立て準備を進め、香港筋は中国の南シナ海への新防空識別圏設定に連動すると伝えている。また、わが国との合意に反して東シナ海でも排他的経済水域の中間線付近のリグ稼働再開の兆候を見せ、さらに軍艦が尖閣の接続水域に入るなど、信義を裏切る蛮行を反復している。

 そして、6月3日からシンガポールで開催された「アジア安全保障会議(シャングリラ会議)」では、G7合意の延長で、日米から中国に厳しい批判が展開された。会議の2日目には、カーター米国防長官が「膨張的で前例のない行動」と中国の南シナ海での行動を非難し、中国の南シナ海軍事化の動きを「自らの孤立を招く万里の長城を築く」とまで批判していた。また中谷防衛相も、南シナ海での埋め立てや拠点構築について名指しは避けたものの、「一方的な現状変更、既成事実化は国際法の原則に基づく海洋秩序を著しく逸脱する」と述べた。これに中国代表の孫建国統合参謀部副参謀長は、南シナ海の緊張を高めているのは米国であると反発し、ASEAN諸国と精力的な2国間会談も繰り広げて各国の取り込みを図り、米中が応酬を重ねた。

 シャングリラ会議までの議論で炙り出された中国への懸念は、ベトナムなどとの係争海域における海底資源の探査や開発、フィリッピン(比)など他国漁船の拿捕、他国の排他的経済水域内での中国漁船の保護などに整理できる。中国の力の行使によって実効支配と既成事実化を積み上げ、ここ2年間で南シナ海の「中国の海化」を進め、さらに南シナ海の上空に中国の防空識別圏設定までが警戒されるようになった。

 その上で、米中戦略対話の第8回会合が6日から北京で開催された。ここでもケリー米国務長官が「法と秩序」を主張したのに対して、習近平主席は「全てが合意できるとは限らない」と応じながら、かつての太平洋米中2分割統治説には主張を柔軟化させてはきた。しかし、経済関係と安保関係にジレンマを抱える米中両大国は複雑な動きを見せ、閉幕時の共同記者会見ではケリー長官が、6月末までに比がオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴した判断が出る予測の上に、「法の支配の下での平和的な解決」を強調した。楊国務委員は「仲裁裁判を受け入れない、中国には海洋主権を守る権利がある」と反論し、双方の溝は深まっている。

 当面、留意すべきは、まず南シナ海での中国の実効支配の拡大阻止の必要性で、焦点のスカボロー礁の埋め立てを阻止することが重要になってくる。そもそもスカボロー礁は比の漁場であったが、中国が海警隊など公船を動員して比漁船を追い出した。南シナ海の北部要衝である同礁の軍事基地化は、地理的に中国防空識別圏設定の条件とも見られている。

 南シナ海ではここ2年間で、ファイアークロス礁など7岩礁の埋め立てと軍事基地化が極めて巧妙に既成事実化されてきた。工事完成後の昨秋から米海軍による「自由航行作戦」が3回にわたって実施されたが、埋め立て地の軍事基地化を止められてはいない。その教訓を生かしてスカボロー礁では埋め立て阻止に焦点を絞り、G7はじめ国際社会を挙げて毅然とした対応が今求められている。

 さらに根本的には、南シナ海における中国との海洋摩擦に通底する問題に「9段線」がある。そもそも9段線は、1947年に蒋介石中華民国総統が東西中南沙諸島を含む南シナ海一体をU字型の11段線で取り囲み、管轄権が及ぶ範囲としたことに起因する。それを国共内戦に勝利後の中国が53年に11段線を9段線に減らして囲み、管轄水域として今日に至っている。

 これら9段線海域は、今日、海の憲法とされる国連海洋法条約の制定前に設定された歴史的権利とされ、中国は管轄権が及ぶ範囲と主張しているが、管轄権の中味と実態は不明である。中国は国連海洋条約を批准しており、法治国家で大国を自認する以上、同条約に照らして既存の国際法や慣例に基づく言葉と概念で「9段線内の管轄権」なるものの実態を国際社会に納得できるよう説明する責任がある。また92年に国内法「中国領海・接続水域法」を制定しながら9段線との関係も明示していない。

 日米両国は当面、中国にこれ以上の岩礁の埋め立てや軍事基地化を拡大させないよう国際社会を結集して当たるとともに、ハーグ裁判所の判定を契機に南シナ海の9段線の実態と根拠の解明に的を絞って説明責任を追及することが肝要である。

(かやはら・いくお)