台湾新総統、現実的な「現状維持」路線を


 台湾で民進党の蔡英文氏が総統に就任した。台湾初の女性総統の誕生だ。

 その就任演説で注目された対中政策に関し「1992年に中台の窓口機関が会談した歴史的事実を尊重する」と述べたが、中台は不可分の領土とする「一つの中国」原則に関する「92年コンセンサス」の受け入れは表明しなかった。

 民進党の蔡英文氏が就任

 8年ぶりに政権に復帰した民進党は、台湾独立志向が強く党綱領にも独立の条項が入っているものの、「独立」でも「統一」でもない中台関係の「現状維持」を求めていく方針だ。

 2000年に民進党最初の総統に就任した陳水扁氏は、急進的な姿勢で台湾の独立を求めて失敗した。陳政権時代の05年、反発した中国は台湾の独立阻止のための武力行使を合法化した反国家分裂法を制定。また最大の台湾の後ろ盾となっている米国の信任も失った。

 蔡新総統は、そうした陳氏の轍を踏まず、独立の旗は降ろしたまま現状維持路線で、台湾最大の課題である「安全と自由」を担保することになる。米中が事実上、そろって求めている現状維持を選択するメリットが大きいという、まずは現実的判断があった。

 さらに言えば「現状維持戦略」も存在する。台湾の中で「台湾人意識」は現状維持という枠組みの中で、静かではあるが着実に高まっている。台湾アイデンティティーと、それがもたらす選挙結果こそは、台湾にとって「中台統一」に抵抗する安全装置だ。台湾の約7割の人が現状維持を求める中、中国もむやみと圧力をかけるわけにはいかないからだ。

 4年前の総統選で蔡氏は、国民党の馬英九氏に敗北した。1月の冷たい雨に打たれながら、支持者を前に語った蔡氏の敗北の弁が忘れられない。

 「皆さんは泣いてもいいが、落胆してはいけない。悲しんでもいいが、あきらめてもいけない。明日からは、また以前の4年間と同じように勇気と希望を持つのです」

 これは中国でも放映され大きな反響を呼び、「粗暴な独立派」という民進党に対するレッテルがはがされる契機になったともされる。童顔で昔から変わらないおかっぱ頭の蔡氏は、誠実なメッセージをどんどん発すればいい。

 蔡氏の父は客家人で母は福建系。父方の祖母は先住民族のパイワン族でもある。福建、客家、先住民族という台湾土着の3系統の血筋を持つ蔡氏は、自身に票を投じてくれた689万人の台湾人を忘れてはならない。

 人口2300万人の台湾にとって、13億人を擁する中国は巨人のような存在だ。中台の軍事バランスは大きく中国に傾き、対岸の福建省では1400基ものミサイルが台湾に照準を合わせている。経済的にも台湾の実力は中国に遠く及ばない。

 問われる日米の支援

 「一つの中国」を認めるよう圧力をかけ続けてきた中国とはギクシャクした関係からスタートすることを余儀なくされる。日米が台湾の「現状維持」路線を強力にバックアップできるかどうかが問われてくる。