米海軍の南シナ海自由航行

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

紛争化は抑制する米中

仲裁の役割果たし得る日本

 去る10月27日に第7艦隊所属のイージス艦・ラッセンが南シナ海のスービ(渚碧)礁・人工島から12カイリ以内をデモ航行した。中国は強く反発し、南シナ海で緊張が高まった。しかし、スービ礁は埋め立て工事前の自然条件では満潮時に水没する暗礁で、国際法上、領海は認められない岩礁であり、米艦の自由航行に問題はない。

 問題の発端は中国が昨年来、南シナ海で七つの岩礁の埋め立てと3000㍍級の滑走路3本や港湾建設など基地化を急いだことにあり、関係国の懸念や航行の自由を主張する米国からは警告が発せられ、確執が続いてきた。このような南シナ海での中国の行動を黙認すれば、尖閣諸島やガス田開発問題を抱える東シナ海でも強硬姿勢を招きかねず、我が国にとっては人ごとではない危機感がある。またアジア地域にとっても南シナ海での緊張事案を放置すれば、どこに飛び火するか、予断を許さない危機認識が共有されている。

 9月の習近平主席の公式訪米時のオバマ大統領との首脳会談では、南シナ海問題で中国は主権問題として一歩も譲っておらず、結果として米国の「虎の尾を踏んだ」ことになる。問題の本質は、経済大国化した新興・中国の領域拡大と、それを抑制し、アジアの覇権を維持したい米国のリバランス戦略との対決でもある。

 さらに、拡大ASEAN(東南アジア諸国連合)国防相会議に出席したカーター米国防長官は、常万全中国国防相との会談で「米国は国際法が許すあらゆる場所で飛行、航行、作戦を続ける」と述べ、中国の人工島周辺に米艦を派遣する作戦の継続を改めて表明した。その上で人工島造成や施設建設など軍事拠点化に向けた活動を即時、永続的に停止するよう常国防相に求めたとみられる。これに対して常国防相は領有権の関わる主権問題だとして譲らず、中国は対抗措置も辞さないと警告するなど、双方は一歩も引かない応酬で危機感を高めていた。

 しかし、南シナ海での米中確執が紛争化することは両国の事情から抑制されている。実際、米中海戦が勃発すれば圧倒的な米海軍力によって中国海軍は短時間に壊滅され、中国はメンツを失うのみならず国内からの不信で政権基盤が揺さぶられる危険性がある。米国もまた中東やロシア、アフガンで問題を抱える中で、さらに中国と事を構える経済的な余裕はない。モスクワ国立国際関係大学のアレクサンドロフ氏が「本事案は深刻な軍事紛争には至らない」と述べた所以である。

 加えて、米中両国は強い意志で紛争回避の努力を積み重ねている。ラッセン号航行の2日後には米海軍の制服組トップのリチャードソン作戦部長と中国海軍の呉勝利司令官が、テレビ会談で当面の紛争の拡大阻止について話し合った。さらに米太平洋軍司令官ハリス大将が訪中し、要人との会談だけでなく北京大でも講演し「国際的な海空域は、特定の一国によって支配されるものではない」と述べ、米国は航行の自由を守るための作戦を継続すると説いていた。

 見てきたように南シナ海での米中角逐は、厳しい応酬を繰り返しながらも両国の事情に加えて紛争阻止への気遣いがあり、戦略的には一定限度に管理された安心感がある。しかし、当面の米中両国の外交戦での応酬は逆に国内を意識した声高な自己主張と非難が反復され、それは戦術的なレベルの確執として継続され、南シナ海の緊張事態は常態化しよう。相互に紛争に拡大させない共通認識があっても事態の沈静化や落とし所は見えていないからである。

 また、危機管理上の国家的な枠組みはあっても、緊張が高まる現場の軍事力の接点では偶発的な発火のリスクは増えてくる。現にカーター長官は拡大ASEAN国防相会議後に南シナ海で空母「ルーズベルト」に乗り込んだが、ラッセン号のデモ航行の背後には「通常の作戦に従事」の名目で米空母が配備されていたことになる。

 さらに、ほぼ同時期に日本海では遊弋中の第7艦隊の空母「ロナルド・レーガン」の近くを中国の潜水艦が航行するという不気味な事案もあった。習氏訪米時にも中露合同訓練を終えた中国艦隊がアラスカ沖の米領海内を航行するなど、相互に一触即発につながる威力誇示の軍事行動が続いていた。米中軍事力の接点では緊迫事案が高まっており、艦船同士の意思疎通の手続きなどを定めた衝突回避規範などを活用し、当面の危険度を下げることが重要となる。

 このような事態に対して日本は、これまで米国の行動を支持する姿勢を明確にしてきたが、実行動については11日の参院予算委員会で安倍晋三首相は南シナ海での自衛隊の活動に関し、「(米軍と共同の)警戒監視活動は現時点では行っておらず、そのような具体的計画も有していない」と自制している。

 根本解決は「法の支配」である。が、安保面で緊密に結ばれた米国と経済面で相互依存関係を深める中国との間にあって、双方のメンツの立つ仲裁の役割が果たせるのは日本であり、根本的な解決に至る間の不測事態の防止が重要になる。米中2大国間の危機事態にどうヘッジするか、国連常任理事国入りを目指す我が国外交の試金石であり、平和安全法制定後の試練でもある。我が国益に直結する南シナ海の安定に尽力すべき秋(とき)を迎えて、戦略的で複眼的な視座に立った日本の活動が期待されている。

(かやはら・いくお)