有力になる「写楽、写楽説」
強力だった別人説30件
「謎」の面白さが生む諸著作
東洲斎写楽(写楽)の正体については、四半世紀前ぐらいまでは「謎」とされていた。「写楽の正体は不明」が常識だった。私自身も、だれか別の人物が写楽と称して歌舞伎役者の絵を描いていたと思っていた。諸説あって紛々としていたが、その中の誰かが正解だろうぐらいに考えていた。
ところが1990年代に入って、写楽は写楽であって、別の人物を想定する必要はない、との説が有力になって来た。
旧来の説をそのまま受け入れればよい、というのが「写楽、写楽説」だ。旧来の説とは、1844年に刊行された『増補浮世絵類考』という浮世絵事典の記述だ。考証家斎藤月岑(げっしん)の著で、写楽が姿を消してから50年後のものだ。
その本の中に、「俗称斎藤十郎兵衛。江戸八丁堀に住む。阿波侯の能役者」と書いてある。「阿波侯」とは徳島藩蜂須賀家(26万石)の殿様。写楽は阿波侯おかかえの能役者だ、という意味だ。写楽はれっきとした公務員だったのだ。
「写楽、写楽説」が認められるようになったのは、中野三敏(九州大学名誉教授)、内田千鶴子(写楽研究家)らの功績だ。加えて、1997年、写楽の過去帳が埼玉県越谷市の寺院で発見された。発見者は「写楽の会」(徳島市)という団体。徳島は写楽の地元だ。
過去帳の1820年3月7日の項に、「八町堀地蔵橋の阿波公の御殿内に住んでいた斎藤十良兵衛が58歳で亡くなり、千住で火葬された」とあった。「十良兵衛」と「十郎兵衛」との微細な違いはあるが、『浮世絵類考』の記述が正しかったことが証明された。
何のことはない。元に戻っただけだ。が、元に戻るのが大変だったのは、「写楽、別人説」が強力だったためだ。
中野三敏『写楽』(中公新書)によれば、「別人説」は30件ほどある。丸山応挙、葛飾北斎、喜多川歌麿といった画家。十返舎(じっぺんしゃ)一九(いっく)、山東(さんとう)京伝(きょうでん)といった文学者。出版人の蔦屋重三郎(写楽の作品は全て蔦屋から刊行された)など。彼らが、何らかの理由で写楽を名乗って歌舞伎役者の絵を描いた、という風に各人の別人説が展開する。「何らかの理由」についての説明も、それぞれの説の見どころとなる。
これら「別人説」のうち、いくつかの著作は読んだことがある。NHKテレビで紹介されたものも見たが、いずれもさしたる根拠もないまま、『浮世絵類考』の記述は間違い、とあっさり否定した上で自説を述べる、というスタイルで共通している。
中野氏が指摘する30件程度の諸説は、今から見れば全くのムダだったということになるが、一番古い明治43年(1910)の「別人説」から数えると、1990年まで80年間、ムダな努力を続けて来たことになる。
ムダと言っても、写楽の実像に迫る意味でムダであり有害だということだが、説を唱える人々(松本清張、大岡信、高橋克彦、池田満寿夫、梅原猛、渡辺保など)にとっては、本が売れたり、調査の過程で何かの知識を得たり、といった利益はあっただろう。なお、高橋克彦(推理作家)は、自説を撤回している。
「別人説」が出るのは、写楽という「謎」が面白いからだ。答えが出てしまえばそれで終わり、ということになってしまうが、「謎」を言い続ければ、興味は持続する。写楽以外でも事情は同じだ。
例えば坂本竜馬暗殺事件(1867年)。事件当時は新選組が犯人とされたが、その後京都見廻組(幕府の軍事・警察機関)の元メンバーが、「自分がやった」と証言した。これで事実は確定したのだが、その後も「謎」は捏造された。見廻組が実行犯であることは否定できなくなったが、「黒幕」を想定して、彼らからの情報提供によって見廻組が暗殺を実行した、という説が生まれる。黒幕もいろいろあるようだが、薩摩藩説が多い。もちろん、さしたる根拠があるわけではない。見廻組が計画、実行したという説が妥当だ。
『浮世絵類考』についても、「記述が不十分→だから信用できない」とみなされて、「別人説」が主張された。絵師としての活動は10カ月ほど続いたが、その後写楽は姿を消す。が、『浮世絵類考』の記事はその50年後のものだから信用できない、などという批判も生まれた。
事典の記述が十分であるはずもなく、そもそもこの世に、だれにとっても「十分な記述」なぞあるはずもない。読んだこともないが、長大な裁判の判決文だって人によっては不十分な点はあるはずだ。「十分な記述」があるとすれば、神が記述したものだけ、ということになるしかない。50年後の記述だから根拠がないというのも、それ自体全く根拠のない話だ。
『浮世絵類考』は信用できない、という前提に立って、「面白ければよい」「謎であり続ければよい」という興味本位のまま、「真実を外れること80年」という遠回りの果てに、写楽の「謎」の主要部分が解明された。これまでよりはまっとうな前提の上に立つことができたのは結構なことだ。その上で今後は、たくさんあるであろう「残された謎」を探る調査なり研究なりが進展することを期待したい。(敬称略)
(きくた・ひとし)