軍事バランス変える人工島、拡張する中国ランドパワー

緊張 南シナ海(1)

 日本の大動脈シーレーンが脅かされている。南シナ海における中国の脅威が増大し、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国が警戒を強め、オバマ米政権も重い腰を上げた。米比日から各国の動きをリポートする。

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5日、南シナ海を航行する米海軍の空母「セオドア・ルーズベルト」と駆逐艦「ラッセン」(米海軍提供)

 南シナ海に人工島を造成し、その軍事拠点化を進める中国。太平洋とインド洋をつなぐ要衝に「砂の万里の長城」(ハリー・ハリス米太平洋軍司令官)を築いたことは、どのような戦略的意味を持つのか。

 人工島は規模が小さく、中国本土から離れているため、抗堪(こうたん)性や兵站(へいたん)などの面で脆弱(ぜいじゃく)だ。米国と全面的な戦争になれば、真っ先に攻撃の標的となり、利用できなくなる可能性が高い。このため、人工島の軍事的価値は「取るに足らない」(米有力紙)との指摘が少なくない。

 だが、米国の専門家からは人工島の過小評価を戒める分析が出ている。

 「人工島の造成と軍事拠点化は、東アジアのシーパワーとランドパワーのバランスに影響を与える」。こう指摘するのは、中国海洋戦略研究で著名なピーター・ダットン米海軍大学教授だ。

 ダットン氏はネットメディアに掲載された論評で、中国のランドパワーに対し、米国のシーパワーによってアジアの安定が保たれてきたが、「人工島の軍事拠点化で南シナ海はランドパワーの脅威にさらされる戦略的海峡へと変貌(へんぼう)する」と予想。中国の行動は「力が争いを解決する基本だった時代に時計の針を戻す」もので、「地域の安定や国際秩序を損ねる」と強い懸念を示した。

 有力シンクタンク、新米国安全保障センターのエルドリッジ・コルビー上級研究員と戦略予算評価センターのエバン・モンゴメリー上級研究員も、ウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿で、「人工島の戦略的価値は取るに足らないとの見方は楽観的過ぎる」と断言。「人工島への戦力配備は地域の軍事バランスに甚大な影響を与え、周辺国は中国に対抗するのではなく、中国側に付くことを甘受する可能性が高い」と警告した。

 コルビー、モンゴメリー両氏によると、中国にとって人工島の軍事拠点化は、①海洋戦力の兵站ハブ、航空機の前線基地となり、沿岸部から遠く離れたエリアに偵察機を恒常的に飛ばすことなどを可能にする②対艦ミサイル発射台や防空システムを複数の島に配備し、他国の船舶・航空機に対する小規模の拒否ゾーンを設けることを可能にする③本土から遠く離れた監視レーダー網により、平時は地域のより良い状況認識、戦時は敵の標的に関する情報入手を可能にする――という。

 また、アンドリュー・エリクソン米海軍大学准教授は、議会公聴会の書面証言で、中国が人工島を対潜水艦戦の拠点として利用する可能性を指摘。中国は米軍のP3、P8のような航続距離の長い対潜哨戒機が不足しているが、人工島の数を増やしてヘリパッドを整備し、対潜ヘリを配備していけば、それを補うことができる。

 中国が米軍の戦力展開を阻害する接近阻止・領域拒否(A2AD)能力を増強する中、潜水艦は「米海軍が維持する残された最後の主要な優位の一つ」(エリクソン氏)とされる。人工島はその優位まで脅かす可能性があるわけだ。

 さらに、ジェームズ・ライオンズ元米太平洋艦隊司令官は、リチャード・フィッシャー国際評価戦略センター上級研究員との連名でワシントン・タイムズ紙に掲載された評論で、中国が南シナ海の軍事支配を目指すのは、「核弾道ミサイル潜水艦を守るため」だと断じた。つまり、南シナ海を戦略原潜の「聖域」にしようとしているのだ。

 「砂の万里の長城」の出現は、米中のパワーバランスを揺るがす可能性を秘めている。

(ワシントン・早川俊行)