中国の南沙軍事拠点化問題
南シナ海実効支配の危機
懸念示す米国防総省年次報告
5月には中国の軍事動向に関する米国防総省の年次報告書(米レポート)や中国政府の「中国の軍事戦略」(国防白書)など重要資料が続けて公表された。
5月26日に2年ぶりに刊行された中国国防白書は米国リバランス(再均衡)戦略を念頭に「域外国家が南シナ海問題に積極的に介入している」と非難し、「海上での主権闘争は長期的に存在するだろう」と、南シナ海での岩礁埋め立てをめぐる確執で妥協しない方針を示していた。また、軍事力については「軍事闘争の準備」など穏やかならぬ文言もあり、中国の軍事力については同白書を精査の上で改めてコメントしたい。
ここでは5月8日に公表された米レポートに見られる南シナ海での中国の行動への懸念を中心に検討したい。南シナ海問題は、同月末にシンガポールで開催されたアジア安全保障(安保)会議で、日米豪防衛相からは「深刻な懸念」が表明されている。
米レポートは、中国の南シナ海での南沙(英語名スプラトリー)諸島の岩礁埋め立て問題について、昨年12月時点での岩礁の埋め立て面積約2平方㌔が、現在は4倍に当たる約8平方㌔に達したと急速な拡張に警戒感を強めている。その上で、東京ドーム170個分に相当する新島に中国が建設する複数の港湾や飛行場1カ所を、米レポートは「通信・偵察施設、港湾、滑走路、後方支援施設などを建設している」と指摘し、岩礁が「永続的な民生・軍事の活動拠点」となると警告していた。
これに関連して米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版5・12)は、中国に異議を唱えるため、米軍が人工島から12カイリ以内に海軍艦船や偵察機を派遣することを検討していると報じた。実際、その後に米哨戒機の飛行があり、それに対して中国の国防白書は反発している。
このような中で、5月16日にケリー米国務長官は訪中して李克強首相や王毅外相のほか、軍制服組トップの范長竜・中央軍事委員会副主席と会談し、「埋め立ての速度と範囲」への懸念を示したが、王外相は「中国の主権、領土内の問題」と強調。翌17日に習近平主席と会談したが、進展なく9月の習主席訪米に持ち越された。
今次、アジア安保会議では日米防衛相からの強い懸念に対して、中国を代表する副総参謀長、孫建国海軍大将は、中国の主権内の行動であると島嶼の埋め立てを正当化するとともに軍事利用の目的も否定しない姿勢で対立を際立たせていた。米国への対抗姿勢を鮮明にしてきた中国の背景には、昨年のアジア信頼醸成会議で習主席が発表した新安全保障観がある。そこでは「アジアの安全はアジア人の手で」と米軍事力のプレゼンスを否定する見方が示されていた。
これまでも米中両国は南シナ海での航行自由を巡り激しい確執を反復してきたが、中国の行動は挑戦的である。特に中国の岩礁埋め立ては、表向き平和利用を装いながら、実態は南シナ海に防空識別圏の設定のためなど、要衝を抑える軍事拠点建設の狙いは問題を深刻化している。
しかしASEAN諸国は、アジア安保会議での米国の強い対中姿勢を評価しながらも、対立激化には戸惑いなど複雑な反応を示している。実際、かねて懸案の南シナ海での行動を法的に抑制する「行動規範」の成立の目途は立っていない。中国の余りに急速な岩礁埋め立ての速度と範囲の大きさには警戒を強めながらも、現状では巨大な中国への対応はASEAN諸国の手に余ると困惑する姿勢さえ見られる。
実際、孫大将はアジア安保会議で米国の非難には応じない強い姿勢を示す一方で、会議では「行動を見て欲しい」と懸念の緩和に努め、会議後もASEAN加盟国を含む13カ国・地域の代表と会談するなど中国の立場に理解を求めて動いていた。このように硬軟手段を駆使した中国の説得から、報道によるとフィリッピンの「中国の人工島は軍事的前方展開基地になる」、ベトナムの「国連法に違反した行動」など反対を鮮明にする国もあったが、他方でシンガポール「中国の約束の実行を見守る」、カンボジア「まず対話だ」、インドネシア「平和的解決を模索すべき」などの反応につながっている。このようなASEAN諸国の反応では、中国の岩礁埋め立ての既成事実化や南シナ海での実効支配の拡大を許すことにつながりかねない。
今次の南シナ海での危機事態は、米国が冷戦後担ってきた世界の警察官役を降りた後の太平洋正面での米中パワーバランスの変化がもたらした結果の投影でもある。南シナ海を巡る危機事態は、わが国の死活的な南西シーレーンの安否に関わるものであり、米国のリバランス戦略の成否だけでなく日米同盟体制の実効性が問われる問題でもある。
このような事態への対応として、アジア安保会議で中谷防衛相はASEAN諸国の警戒監視能力の強化の重要性を説き、ベトナムなどの軍や海洋安保機関への支援拡大の考えを示していた。また、米上院軍事委員会のマケイン委員長も、米海軍主催のリムパック演習に中国の招待を中止するよう求めるとともに、ベトナムに対する武器輸出の更なる緩和や巡視船供与などを提唱しているが、このように目に見える実質的な支援が重要になろう。
(かやはら・いくお)