二桁増額続く中国国防予算

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

習氏の複雑な党軍関係

軍人汚職摘発でアメとムチ

 中国では、第12期全国人民代表大会(全人代)第3回会議が北京の人民大会堂で5日に開幕し、2015年度予算などが採決された。李克強首相による政府活動報告では14年の経済成長率目標7・5%は達成できないと認め、15年の成長率目標は7・0%に引き下げられた。が、その達成も決して容易ではない。

 この経済状況の中で、15年度の国防予算8868億元(約16兆9000億円)が計上され、前年実績比で10・1%増だった。中国の国防費は米国に次ぐ予算規模となり、わが国の15年度の防衛費の3・5倍に及ぶ。中国の財政収支や他の部門との関係などは政府活動報告の資料の公表を待って詳細に分析されるべきであるが、本稿では増額が続く国防費を通じて習近平の党軍関係を探ってみたい。

 中国では経済発展のためには国内外の安全で安定した戦略環境が必要とされ、それを保障する軍事力の保持と強化が重視されてきた。そのための国防費は、これまで財政上の聖域とされ、現に天安門事件後から急増し、毎年前年比で十数%増を、10年度を除いて、25年間も続けてきた。その結果、今日の国防費の額は、90年の30倍に、今世紀になってからでも7・3倍に増える異常さである。

 かつての毛沢東や鄧小平のように革命戦争の弾の下をくぐり抜け、戦争にも政治にも精通する第2世代までの指導者は「党が鉄砲を指揮する」原則を威厳で維持できた。しかし、中国のトップ指導者の世代交代が進む中で、江沢民以下の革命戦争の軍歴も軍功もなくカリスマ性の乏しい世代の指導者にとって、組織上で上位に座っても解放軍という巨大化した武装集団の統率は容易ではない。

 共産党独裁政治をさらに進めるに当たって、政権の安定には「党の柱石」としての軍部の支持が不可欠となり、軍統率に難儀する中で、党軍関係の安定のために軍の要求を受け入れて国防費増額を続けてきた側面は否めない。

 また、1980年代には経済発展を最優先して国家資源が優先投下される中で、鄧小平の権威によって解放軍100万人の兵力削減などの軍事改革が断行され、国防予算も大幅削減が続いた。その凄まじさを示す例として、80年代を通じて国家財政支出に占める国防費の割合が半減させられ、軍は自給自足を迫られて食糧生産活動や経費捻出のための会社経営にまで着手した(今日の軍人の汚職腐敗に関係している)。

 言うまでもなく、改革開放政策の進展によって中国のGDPや国家財政規模は伸びており、大胆な国防費の削減下でも国防費の増額はあったが、国防費の財政支出に占める比は81年に16%であったものが、86年には同8%に引き下げられていた。このため80年代を通じた国防費の削減で兵器などの近代化が遅れ、その反動が江沢民時代に国防費の急増を渇望する軍からの強い圧力となり、二桁もの増額につながった。

 それでも胡錦濤時代には7・5%(2010年)にまで国防費の伸びを切り詰めたことがあった。これは09年の建国60周年記念の軍事パレードで53種類の新兵器を登場させたように軍近代化が一定の成果を得たこと、同時期から海軍の強化や海洋進出の活発化、新ミサイル実験の成功や宇宙の戦力化の進展などに国際社会で高まった脅威論への沈静化、さらに、この頃になって胡錦濤政権がやっと軍権を掌握できてきた、など条件が重なったことによる一時的な減少だったと見るべきであろう。

 現に08年の国防費が07年より17・8%増であったものが、09年度は14・9%へと下降し、10年度に初めて7・5%増と一桁台の増額に抑えられた。しかし11年度から再び二桁の増額に戻っており、党軍関係の難しさを見せつけた。そこで習近平政権となって国防費がどう扱われるか、が注目されていた。習近平は革命第5世代の指導者で、太子党という革命元老の子弟で「紅2代」とされるエリートである。それでも文化大革命時代は父・習仲勲元副総理の失脚で辛酸をなめる生活が長かったが、かつて国防大臣の秘書歴、夫人が歌舞団長・少将など軍との親和性では前2代の指導者とは違う有利性も持っている。

 習近平はトップに就任してからこれまで16人の将軍の汚職腐敗を摘発し、訓練の強化を指示するなど軍部に対して厳しく指導してきた。さらに軍内腐敗の大きな根源は国防費の管理にも問題があるとして、軍財政管理を司る側近の趙克石上将を通じて「費用対効果の理念で軍事費を配分する」「予算の項目立てを根本的に見直し、予算執行全行程の管理を強化し、予算執行者には費用対効果の結果責任を問う」など国防予算の管理上の改革を強調していた(「中国通信」14年10月28日)。また予算執行の検査を担当する会計監査部門を総後勤部の部局から最高統帥部の中央軍事委員会の直轄に格上げし、監査機能を強化していた。

 このようにこれまで前例のないほどの厳しい姿勢で軍統帥に臨んできた習近平でも、結局は「ムチ」だけでなく「アメ」の必要に迫られている。習近平が財政支出の伸び率を上回る国防費の連続二桁増を認めたところに中国における党軍関係の難しさが読み取れる。

 そこには習近平の軍事力を重視する姿勢とともに、権力集中を急ぎながらも軍との関係がなお盤石でない実情を見ることもできる。(敬称略)

(かやはら・いくお)