習主席の空軍重視と軍改革
汚職する陸軍は縮小か
海洋進出の次は防空識別圏
中国では、経済発展に伴って国防費の大幅増加に象徴される軍事力の強化が進められている。言うまでもなく人民解放軍は党の柱石として共産党政権を支えており、党と軍は相互に依存関係にある。「中国の夢」を掲げる習近平政権もまた軍によって支えられている構図に変わりはない。
しかし、習近平主席は軍の現状に満足しているわけではなさそうだ。第18回党大会で共産党と軍のトップに選出された習主席の軍に対する第一声は「呼べばすぐ来る、来ればすぐ戦い、戦えば勝つ軍隊になれ」であった。今日の解放軍はその精強性に疑念が抱かれていたからであろう。その後の事実は、高級軍人の汚職腐敗事件が次々と表面化し、遂に制服軍人ナンバー2であった徐才厚陸軍大将(中央軍事委員会副主席、政治局員)の党籍剥奪が断行された。習主席の強い姿勢は最高層幹部・周永康元政治局常務委員の摘発からも窺(うかが)われよう。
解放軍は党に忠実な軍隊だけでなく、情報化戦争が言われるような今日の安全保障環境にあって重大な国家防衛任務も担っている。まず国防面では兵器の近代化や統合運用などが求められ、近代戦を戦い抜く実戦力が必要になってくる。その場合、新しい情報戦条件下で戦えるプロフェッショナル化した軍隊建設に当たって国防近代化の重点をどこに志向するか、が問題になってくる。
その観点から去る6月17日に空軍第12回党員代表大会が北京の人民大会堂で実施された折の習主席の発言に着目したい。その演説には中央軍事委員会(中央軍委)副主席・範長龍、許基亮両大将の外に常万全国防部長、房峰輝総参謀長など4総部の長、海・空・第2砲兵司令員など主要幹部が陪席して演説を権威づけていた。
「空軍の党建設と強大な人民空軍の建設」と題する演説では、まず党の指導に絶対的に服する軍隊の精神が求められた。次いで空軍強化について、①空軍強化の戦略的手配が必要で「空軍の今後の発展に自信がある」と述べ、②「航空・宇宙一体化、攻撃・防御兼備の空軍強化は時代が与えた重大な使命」とまで強調していた(中国通信6・18)。これは国防近代化の重点が空軍強化に志向されるシグナルである。実際、空軍強化の優先度に関しては、これまでも幾つかの兆しがあった。
革命戦争を戦い抜いた「人民解放軍」は即「陸軍」の呼称でもあった。また、統帥機構である中央軍委や総司令部である総参謀長や総政治部主任など4総部の主要ポストは陸軍将軍で占められてきた。海・空軍の創設は解放戦争勝利の目処が立った建国前後のことで、当初は解放軍から派生的に生まれた支援軍種であった。
そのような陸軍中心の解放軍にあって、国務院新聞弁公室発行の2006年版の「中国の国防」(国防白書)は初めて「国防近代化の重点は海・空軍」を打ち上げて注目を集めた。そして07年から胡錦濤主席によって中央軍委委員に海・空軍司令員及び第2砲兵司令員が任命されてきた。このように国防近代化の重点に海空軍が明示されただけでなく、陸軍の牙城であった統帥機構や重要職域に海・空将軍が入り、現に海軍強化は海洋進出に伴って顕著に進められてきた。具体的には海軍強化はイージス艦や原子力潜水艦など着実な増強が続き、13年からは空母「遼寧」号も就役するなど一定の成果を上げている。
そこで今回、空軍が国防近代化政策の重点に浮上してきたのは既定路線であったのかもしれない。現に第18回党大会後の習指導体制の確立で、中央軍委副主席に範大将に次いで許空軍大将が就任したが、空軍からの登用は初のことで、空軍重視を印象づけた。
この空軍強化は、まず昨秋の東シナ海への防空識別圏設定など時代が空軍強化を求めてきたことが挙げられよう。また空軍は、スホイ27戦闘機やS400地対空ミサイルなどロシアから最新兵器を導入して強化されてきたが、なお第4世代機のジェットエンジンの国産化ができないなど、軍事技術の開発能力や軍需産業の製造能力は遅れており、空軍近代化の必要性は高いものがある。
同時に高級軍人の汚職事件が続く中で、これまで摘発者を出していない空軍を優遇することで軍内の綱紀粛正や浄化のテコにする意図も推測できる。また、習政権が進める軍事改革では空軍重視の裏に大規模な陸軍の組織改編や軍縮も俎上(そじょう)に上がっている。しかし、治安維持や政権基盤の根幹である政治性の強い陸軍の削減は、国内安定を至上とする党側には容易なことではない。陸軍から多くの汚職将軍が摘発される中で、陸軍の抵抗を排して陸軍改革と空軍の近代化を進めようとする狙いも考えられよう。
近年、改革深化領導小組や国家安全委員会の掌握など習主席は権力集中を急いでおり、中央軍委内にも習主席をトップに国防・軍隊改革深化領導小組を創設している。この領導小組のナンバー2の常務副主席には許空軍大将が抜擢(ばってき)され、中央軍委副主席では上位だった範陸軍大将を飛び越えるねじれ現象が生じている。習主席が許大将への信任という形で示した空軍重視の明示は、権力と腐敗にまみれた陸軍改革や軍縮への決意でもあると見るのは穿(うが)ちすぎであろうか。空軍強化の重視は、高級軍人の汚職退治と関連した多面的な軍事改革推進の一環と見ることができよう。
(かやはら・いくお)