生存・帰国者数を弄ぶ策謀

宮塚 利雄山梨学院大学教授 宮塚 利雄

「再調査」不要な北朝鮮

既に成分調査で全人民掌握

 5月末にスウェーデンのストックホルムで開かれた日本と北朝鮮の外務省局長級会談で、北朝鮮が日本人拉致被害者をはじめ拉致された可能性のある人、日本から在日朝鮮人の夫と北朝鮮に渡った日本人妻や、終戦後に朝鮮半島の北部地域に残留し、現在北朝鮮に生存している日本人の消息まで再調査すると合意した。これは日本側が望んでいる政府が認定した拉致被害者の消息調査を、はるかに凌駕(りょうが)した範囲の調査である(日本側がこの範囲までの調査を要求したのか疑問ではあるが)。

 さらに、北朝鮮側は調査の約束を実行するために、国防委員会の幹部を委員長に国家保衛安全部や人民保安部、さらには国土環境保護省、保健省、朝鮮赤十字会などを含めた「特別調査委員会」を設けたと発表した。これを受けた日本側は北朝鮮政権の拉致問題解決に対する「本気度」を見たとして、日本が行ってきた経済制裁の一部を解除することを発表した。

 政府は北朝鮮が今度は「本気度」を見せたと判断したようだが、それではこれまでの拉致問題解決のために日本が行ってきた会談や交渉は何であったのか。これでは北朝鮮は今までの日本側の拉致問題解決のための活動を、「本気ではなく、適当にもてあそんできた」とでもいうのか。

 この特別調査委員会の設置情報を受けて早速、日本のマスコミが動いたが、すでにその前から某週刊誌(あえて名前は秘す)6月12日号は「北朝鮮『拉致』再調査で帰る4人の実名」と題した記事のなかで、「日本政府が『横田めぐみさん』生存を絶対確信する証拠」「内閣情報調査室が極秘にする『11人の生存者リスト』」なる記事を書いている。いったいどこからの情報なのか。その直後に出た別の某週刊誌6月22日号では、「拉致被害者『13人帰国』で安倍が謀る秋解散」と報じた。この中では、帰国者数が13人確定しており、横田めぐみさんの帰国については「生存どころか、死亡の根拠になる新たな証拠が準備されているらしいのです」と、前述の週刊誌とは異なっている。

 さらに、某大手経済紙が「北朝鮮、生存者リスト提示」「拉致被害者ら『2桁』」と1面トップで報じ、のちに「約30人」と報じた。いったい、これらの数字はどこの誰から入手したのか、どこも自信満々の数字を報じているのが不思議である。政府が認定している拉致被害者は12人、さらに拉致された可能性があるといわれる特定失踪者数は警察庁の集計では800人以上になり、このほかに日本人妻や残留した日本人などを加えると、膨大な人の数になる。

 いったい、このような不謹慎で被害者や被害者家族、拉致問題解決のために努力してきた人たちを冒涜(ぼうとく)する、生存者数(帰国者数)を漏らした「不逞(ふてい)の輩」は、いったいどこの何者か。某週刊誌には「必読ワイド19本嘘のような本当の話『北朝鮮拉致再調査 安倍側近が漏らした帰国候補者の名前』」という記事が出ている。と言うことは、政府はすでに生存者数(帰国者数)と名前を知っていることになるが、知っていてマスコミに小出しにリークしていたとしたらこれは問題である。

 横田めぐみさんの父親がある講演会で「今度は亡くなった人が何人生き返って帰って来るか」と言っていた記事を読んだことがあるが、すでに知っているのであれば、横田さんの両親などにその事実を知らせるべきではないのか。政府はいつまで家族たちを針の筵(むしろ)に座らせるような無慈悲なことをするのか。

 これについては最近北朝鮮問題などでマスコミに頻繁に登場する某氏が、ある団体の講演で「政府が認定した人たちのうち4~5人は帰国するのではないか」と具体的な数字を述べていたが、この数字はどこから入手したのか。これもすべて「政府筋」「政府関係者」ということになれば、事実を明らかにしない安倍政権(拉致対策本部)は国民を愚弄(ぐろう)していることになる。このような数字を出すことは、所詮は売らんがためのマスコミの戯言(ざれごと)、仕業では済まされないのである。

 北朝鮮問題を専門としている者ならば、特別調査委員会が「特別な権限を持っていない」ことと、今さら「再調査」などは行わなくてもすでに調査済みなので必要がないということも知っているはずだ。どうしてマスコミで自信満々にそのことを言わないのか。北朝鮮ではすでに20年以上も前から「住民統制」のために、住民登録の電算化を行っており、その前には金日成が朝鮮戦争の再勃発に備えて行った「成分調査」なる、人民を三階層51階級に分別する事業を行って、全人民を掌握しているのである。北朝鮮には「不法滞在の外国人」なぞは存在しないことを知るべきである。

 筆者の手元に北朝鮮の人民が必ず携帯しなければならない「公民証」がある(平壌市民は「市民証」)。これには所持者の登録番号が記載されている。国家安全保衛部は北朝鮮にいる日本人の全て(北朝鮮名に改名された人を含めて)を掌握しているのである。あとは日本側の反応をみながら「誰をどの順番に出すか」を決めるだけである。日本は犯罪人に「再調査」という弁解をする時間を与えてしまった。いずれにせよ、誰が、何人生存し帰って来るなどと報じた者、またはこれらの情報を漏らした「不逞の輩」を筆者は断じて許さない。

(みやつか・としお)