マンデラ元南ア大統領を悼む

太田 正利評論家 太田 正利

許し合いを選んだ生涯

「多人種共存」遺訓の実現を

 ネルソン・マンデラ南アフリカ元大統領の訃報に接し、多くの感慨がこみあげてきた。筆者がアフリカにおいて個人的に親しかったのは、カウンダ大統領(ザンビア)、デクラーク大統領とムベキ大統領(ともに南アフリカ)だが、特別なのはマンデラ氏で、最初に会った際には大統領どころか、収容所から解放されたばかりの元囚人だった。したがって、彼にとっても筆者が最初に会った日本人ということになる。

 筆者の南アフリカ着任時(1990年2月1日と記憶している)、日本は南アフリカと正式な外交関係がなく、したがって、筆者の身分は特命全権大使ではなく総領事で、大使の名称は日本外務省から与えられていただけだった。かかる現象は、殆ど例外なく外交使節(特命全権大使又は公使)を送っていた他の西欧諸国とは異なっていたが、その理由は、当時アパルトハイトなる「人種差別」の制度を取っていた南アフリカに対し、日本はこれに与(くみ)せずという立場を世界に明示するという点にあった。

 因(ちな)みに当時日本人は他のアジア人と異なり、「名誉白人」と位置づけられており、差別の対象となってはいなかった。

 当時のデクラーク大統領は、白人の中の多数派ボーア(オランダ系)人だったが、時代の流れをよく読みきわめ、多分にあったと思われる反対派に配慮しつつも、断固としてアパルトハイト撤廃を決心したものであろう。誤解もあるだろうが、マンデラ氏がアパルトハイト制度を撤廃したわけではない。ただ、彼は旧制度撤廃の過程において白人に対する憎しみを増幅させず、両人種間の憎しみを断ち切り、許し合いを選んだ人だったのだ。

 南アフリカでは1961年のシャーブビル虐殺(60人死亡、アフリカ民族会議〈ANC〉非合法化)、76年のソウェト蜂起等があったが、ケニアにおけるマウマウ運動の如き大騒動はなかったと理解している。

 マンデラ氏の語録を追ってみよう。「私個人としては決断した。南アフリカを去ることも、諦めることもせず、苦難と犠牲、武力行動を通じてしか自由は勝ち取れない。闘いは我が人生、最後の日まで自由のために闘い続ける」(1961年6月26日のANCの記者会見声明)を始め、64年の反逆罪裁判でも「白人の独占支配、黒人の独占支配の両方に反対、平等な機会の下で暮らせる民主的な社会という理想」を説き、釈放当日のケープタウン演説(筆者も聞いた筈)では「私は預言者としてではなく、人民に仕える奉仕者として…あなた方の根強く英雄的な犠牲的行為のお陰でここに立つことができた…残された人生を皆様に委ねたい」と訴えた。――ここに1993年デクラーク大統領とともにノーベル平和賞を受賞していることを想起したい。

 筆者は、日・南ア両国の橋渡しの一環として、デクラーク大統領の訪日を何回か実現させ、またマンデラ氏についても同様だった。マンデラ氏の最後の訪日は筆者の引退後の1995年で、この時にも勿論旧交を温めることとなった。

 今回の訃報は痛恨事だが、その強さと優しさ、そしてその柔和な笑顔が目に浮かぶ。動乱の世界においてマンデラ氏の理想こそ「世のため、人のため」栄えある日々を約束してくれた。マンデラ氏後継者のムベキ氏はエイズの広がりを否定するなど現実感覚を失い、また、ズマ氏(現職)は豪奢な生活、腐敗など南アフリカにおいて批判されている由である。

 また、世界の他の部分でも、例えば「アラブの春」が兆した国々、また、旧ユーゴスラビア民族紛争など平和的な体制変換や事態の軟着陸に失敗している現状があり、アジアでは北朝鮮の如く理解に苦しむ事態も現出している。

 かかる現実に直面して、我々はマンデラ氏から何を学び取るのか熟慮してみたい。オバマ米大統領、キャメロン英首相、オランド仏大統領、安倍首相等々…マンデラ氏が夢見た多人種共存型国家「レインボー・ネーション(虹の国)」の理想とはほど遠い現実に南アフリカの将来を不安視する向きもあるようだ。

 南アフリカは、豊富な鉱物資源を有する資源大国で金、プラチナの埋蔵量は世界一、2010年にはアフリカで初めてワールドカップ・サッカーを開催するまでになった。11年には主要新興国(BRICS)の枠組みに加わり、本年3月にはその首脳会議を主催するなど、「アフリカ大陸のリーダー」の地位を固めつつある。

 しかしながら、黒人優遇策の推進にも拘わらず、人種間の経済格差の悪化のほか、全人種の納得をまだまだ得られず、社会不安や人種間対立が増長された場合、再び混乱が起きかねない。

 筆者としては、マンデラ氏の遺訓により、かかる事態を克服されんことを祈る。なお、「虹の国」についてだが、筆者には「物語・『虹の国』南アフリカ」(時事通信社)なる著作がある。蛇足ながら宣伝まで!

(おおた・まさとし)