中国の軍事力増強 深刻な挑戦、理解せぬ米政府

2016 世界はどう動く-識者に聞く(4)

新米国安全保障センター上級研究員
エルブリッジ・コルビー氏(中)

中国が米軍の戦力展開を阻害する接近阻止・領域拒否(A2AD)能力を増強している。

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 有力シンクタンク、ランド研究所が行った綿密な分析によると、台湾海峡と南シナ海で軍事バランスが米国と日本にとって悪い方向に向かっている。中国の軍拡がうまく進むとは限らないが、兵器の近代化やプロフェッショナリズムの向上、中国経済の高度化を踏まえると極めて深刻だ。

 これに対し、米国は中東地域の緊張が続く中で、中国のような高度な潜在的敵対国を想定した軍事システムの開発を怠ってきた。国防総省では5年ほど前からこの問題を重視するようになっており、特にロバート・ワーク副長官は称賛に値する。だが、海軍が中国に対しては役に立たない沿海域戦闘艦(LCS)を多く調達するよう求めるなど、依然、強い抵抗がある。

 中国の軍拡が米軍の優位にいかに深刻な挑戦であるか、米政府が本当に理解しているとは思えない。日本政府も同じかもしれない。過激派組織「イスラム国」は極めて深刻な問題だが、世界を本当に変えるのは大国による挑戦、大国間のバランスなのだ。だが、米国は過去25年間、高度な敵に勝つことができる軍隊を構築してこなかった。

中国のA2AD能力を打破する軍事戦略として注目された「エア・シー・バトル構想(ASB)」は最近ほとんど聞かれない。ASBではなく、「オフショア・コントロール構想(OC)」への支持が広がっているのか。

 国防総省のASB室が閉鎖されたことは残念だ。ただ、これは象徴的なもので、実際はむしろ、中国やロシアなど高度な潜在的敵対国からの挑戦を重視する傾向が強まっている。

 OCが政府内で大きな支持を得ていることはない。完全に守勢に回るOCは機能しないし、米国の伝統的な国家戦略や同盟国の防衛義務にも合致しない。最善の対中軍事戦略をめぐり今後も議論が続くだろうが、「第2列島線」まで撤退する考え方は、日本を放棄するものであり、現実的なシナリオではない。

米中関係が冷戦時代の米ソのような全面的な対立関係ではないのは明らかだが、強大化する中国とどう向き合うべきか。

 米中関係はむしろ、国家間の関係が協力と緊張を併せ持つことが一般的だった第1次世界大戦前に近い。英国とドイツが第1次大戦前、最大の貿易パートナーだったことは有名だ。共通の利益を持ちながらも、相手国を警戒するのは異常なことではない。むしろ、全体主義、共産主義との根本的、思想的な分断があった20世紀のほうが例外なのだ。

 取るべき対中戦略は、中国との均衡を保ちつつ、関与していくことだ。米国は中国を必要とし、中国も米国を必要としている。その意味で、双方に破壊を回避する強いインセンティブがある。中国に我々の強さや断固とした姿勢を示し、均衡を保つ一方で、中国が国際規範に沿った行動を取るなら、これを歓迎し、彼らの力を反映した国際システムを受け入れるべきだ。

アンドリュー・エリクソン米海軍大学准教授は、米中は「競争的共存関係」の時代に突入し、一定の摩擦や緊張を受け入れるべきだと主張している。

 その通りだ。緊張と不安と競争が対中関係の中心となるだろう。紛争や敵意に発展しないことを望むが、競争することは正しい。

 だが、オバマ政権は中国と競争の存在しない、友好的で平穏な関係を築くことに焦点を当てている。それは希望的観測だ。オバマ政権の姿勢は最後まで変わらないだろう。

(聞き手=ワシントン・早川俊行)