緊急事態条項、大震災に必須
憲法改正 ここが焦点(3)
第3代統合幕僚長 折木良一氏(上)
自衛隊は東日本大震災に続き熊本の救援活動でも極めて大きな役割を果たしている。東日本大震災で浮かんだ課題は何か。

おりき・りょういち 昭和25年熊本県生まれ。同47年、防衛大学校卒業。平成15年、陸将・第9師団長、同19年、第30代陸上幕僚長、同21年、第3代統合幕僚長。東日本大震災で災害出動に尽力。同24年退官後、防衛大臣補佐官などを歴任。米政府からリージョン・オブ・メリット(士官級勲功章)を4度受賞。
未曽有の大震災に対し国の体制を整えるのに時間がかかったことだ。災害対策本部はすぐ立ち上げられるが、実際の支援活動には、被災者の生活支援、復興支援など機能別に組織をたくさん作らなければならない。そのために3週間くらいかかった。そして、原発事故に対する日米協議が正式に始まったのが3月22日になってからだ。米側にはそれまで情報共有されなかったことに対する不信感があったという。こうして国として全体的な組織を完成させるのに3月いっぱいかかってしまった。
与野党の多くが憲法で緊急事態条項を規定すべきだとする一方、一部に災害対策基本法や自衛隊法で対応できるとする意見もあるが、現場の実感としてはどうか。
法律でカバーできるような緊急事態であればそれでいいが、私の考えている緊急事態というのは、首都直下や南海トラフの巨大地震が発生した時のような、ものすごく大きな震災のイメージだ。首都直下で2万3千人の死亡が見積もられ、60万棟が倒壊。東日本大震災の何倍、何十倍、しかも、国家機能に関わるのが首都直下だ。南海トラフに至っては32万人が亡くなるとされている。これはもう国家存亡の危機だ。
他国から武力攻撃を受ける有事の場合はなおさらだが、その時に本当に法律だけで大丈夫なのか。緊急事態に至ったら、国民の人権や権利を保障すべきところをある意味では制約して事態に対処しないと、かえって国民の不幸になると思う。法律だけでやる場合は、いろいろな事態が考えられるので、一つの法律で全部網羅することはできない。そうすると何らかの部分が法律違反となる。だから緊急事態条項は必須だ。憲法には原則的なことを書き、それを受けて法律で制約事項を書き込むといった体系を整えた方がよい。
イラクで活動して法制上の限界を感じた点は。
その点は今回の安保法制でだいぶまとめてもらえたのではないかと思う。これから部隊運用基準や武器使用基準などをいろいろなパターンに合わせて整備して動くことになる。
その場合、ネガティブリストで「これだけはやるな」と言っておくと、現場の指揮官の裁量は広がり、状況に合わせて柔軟に対応できる。逆にポジティブリストで、「これはやっていいよ」と言われるとそれしかできないわけで、該当外の事態が発生したときに、ここはどうしようかと悩んでいるうちに物事は進んでいく。
自衛隊は警察予備隊から始まったこともあり、法律構造がポジティブな概念である。警察はまず国民を守らないといけないから、ポジティブリストになっていて、できる最小限の事を規定している。それが自衛隊にも適用されているが、そこが他国と違う。
安保法制で日米同盟はどのように深化が図られるのか。
例えば集団的自衛権の場合、米軍の最小限の防護もできないというところから、それができるようになった。パリティー(同等)とは言わないが、日本の役割を果たすことができるようになったわけで、そういう面では深化したといえる。
ただ、日米同盟の片務性がよく指摘されるが、米国に守ってもらうという発想がまだ日本に残り過ぎている。国の主権や主体性の問題をもっと日本人は意識しないといけないと思う。
(聞き手=政治部・小松勝彦、山崎洋介)