【社説】佐渡金山推薦 冷静な議論と情報発信を
岸田文雄首相は「佐渡島の金山」(新潟県)を世界文化遺産の候補として推薦すると表明した。韓国の反発を受け外務省主導で見送りに傾いていたが、首相が決断した。
歴史問題へのこれまでの事なかれ主義的対応は、日韓の真の和解に寄与してこなかった。登録実現へ正々堂々かつ冷静に議論し、情報発信に全力を挙げる必要がある。
保守派の意見に押される
佐渡金山をめぐっては、文化審議会が昨年末に登録に向け候補に選出するよう答申した際、韓国外務省が「韓国人が強制労働の被害を受けた現場だ」などとして即時撤回を求めていた。
外務省には、韓国が慰安婦資料の登録を目指した「世界の記憶」(世界記憶遺産)に関連し、関係国が合意しない限り申請しない制度改革を日本が主導したことから推薦への慎重論が強かった。だが、自民党保守派から「論戦を避ける形で申請しないのは間違っている」(安倍晋三元首相)、「記憶遺産と世界文化遺産は別物だ。ルールがそのまま適用されない」(高市早苗政調会長)などと批判が高まった。
日本が推薦を見送れば、韓国側の主張を暗黙に認めたことになる。内外に対して誤ったメッセージを送ることにもなる。これらの意見に押される形で首相は「本年申請を行い、早期に議論を開始することが登録実現への近道だ」との結論に至った。
佐渡金山は江戸時代、幕府が直接、管理運営した鉱山。手工業による金生産システムがつくられ、世界最大規模の産出量を誇った。その跡が保存され世界的にも貴重な文化遺産だ。
明治以降も採掘は続くが、世界文化遺産としての申請対象は江戸時代までに限定している。強制労働の被害を受けたとする韓国側の主張は、時期的に当たらない。また、勤務した朝鮮半島出身者には給与などが支払われていた。
首相は登録へ向けて「冷静で丁寧な議論」を行い、韓国側や世界の理解を得ることを目指すとも語り、文化遺産としての価値や歴史的な事実を世界に発信するため、政府内に省庁横断型のタスクフォースを発足させることも明らかにした。
登録には、21カ国による国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で3分の2以上が同意する必要があるが、事実上全会一致が基本だ。登録実現へ茨の道が待ち構えている。
韓国側は今後、かつて日本が「明治日本の産業革命遺産」を推薦した時、審査に当たるユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)や世界遺産委に行った以上の激しい宣伝・ロビー活動を展開するだろう。それを跳ね返すだけの働き掛けが必要となってくるが、事実に基づいて一つ一つ反論していかなければならない。
日韓関係重視の立場で
首相は「明治日本の産業革命遺産」の登録時、外相だった。「冷静かつ丁寧に」という姿勢は、こういう問題で互いに感情的になりやすいことを危惧してのものと思われる。また、日韓関係を重視する立場からともみられる。冷静な議論を進める姿勢を韓国や世界に強調しつつ、強力な発信を行う必要がある。