【上昇気流】「行蔵(こうぞう)は我に存す」は勝海舟の言葉


岸田文雄首相

 岸田文雄首相が施政方針演説で引用した「行蔵(こうぞう)は我に存す」は勝海舟の言葉である。この言葉は福沢諭吉とのやりとりの中で生まれたもので、海舟と諭吉にとって当時、幕末明治の出処進退は過去のことだった。

 諭吉は海舟の幕末期の行動を評価しても、幕臣から明治政府に仕えて高官になったことは変節として批判を抑えられなかった。ある意味では、功成り名遂げた海舟への諭吉の批評といったものである。

 諭吉の批評は『痩我慢(やせがまん)の説』に拠(よ)っているが、これは江戸幕府が持っていた武士道精神の再評価と明治の腐敗した政治家に対する批判であることを知る必要がある。それも政治批評ではなく、倫理や哲学の問題として論じていると言っていい。

 諭吉に対して海舟は「行蔵は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あず)からず我に関せず」と返事した。この海舟の言葉は、歴史的な事実をどう考えるのかは自分の問題で、それを批評するのは他人の観点であるということを言っている。

 「行蔵は我に存す」だけを引用すると、今後行う行動の責任を取るのは自分自身という、他者の批判をはねのけるような印象を与えてしまう。岸田首相の引用はその意味で、海舟の真意とは懸け離れている面がある。諭吉にしても海舟にしても、現代の政治評論家がマスメディアで盛んにする政治論評とは一線を画していると言っていいだろう。

 海舟は文政6年1月30日の生まれ。陽暦では1823年3月12日になる。